[ スペシャル ]

キャストインタビュー

  • 冬ノ熊肉さん / 濱井航平 役

    ――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。

    前回の大人の夏休みとは全然違う男性であるのはもちろん、舞台設定も山や新緑のイメージから海の青に近いイメージを持ちながら演じました。
    舞台が変わるだけで台本から受ける印象がこんなに変わるんだなと感じました。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    漁師の豪快さやおおらかさで、自分を取り繕うことなく他キャラクターとも良い関係を築いているんだろうなと思いました。
    ヒロインのこともすごく見ていて、彼女をいじりながらも根はすごく優しく、大事に思っているんだと感じました。
    彼女が都会のキラキラ女子になるために婚活しているのを、強引にいきすぎず、彼女の力になろうとしているところが航平の一途さや魅力だと思います。

    ――濱井航平を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

    沈み過ぎないように、「暗」の部分が濃くなりすぎないような温度感は意識をしていました。
    私の想像の中の話ですが、ヒロインが都会に婚活しに行くことに、嫉妬やモヤモヤする部分があると思うんですよね。
    ただ、彼の性格上はっきり嫉妬心やモヤモヤを出してしまうと、ヒロインに違和感として残ってしまうと思ったので、負の感情が出た時は切り替えを早く大きくというのは意識していました。

    ――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

    ヒロインが婚活に失敗して戻ってきた時に、慰めて自分に振り向かせてもいいと思うんですよね。
    それでも、問題解決のために模擬婚活をしたり、ヒロインのことを思ってあえてダメ出しをちょっと厳しめに言ったりしているのは、彼の人柄が表れていると感じました。
    一人の男として想いを我慢できなくなった後半の海のシーンは、これまでの積み重ねがあったからこそ効いてくるシーンなのかなと思いました。ぜひ本編をお聴きいただければと思います。

    ――今回、海辺の田舎町が舞台ですが、海にまつわる思い出などはありますか?

    テントの下で涼をとっていて、「これなら日焼けすることもないだろう」と思っていたんですけど、海って照り返しでものすごく焼けるんですよね……。
    その時、肌はまだ良かったんですけど、サングラスをしていなかったので目がものすごく日焼けしちゃって真っ赤に充血しました。
    しばらく目の日焼けでヒリヒリするっていう痛い思いをしましたね……。皆さん気を付けましょう!

    ――夏、故郷、で連想するものはなんでしょうか?

    塩とスイカですね。
    私のイメージだと、田舎で夏に出てくるスイカと一緒に塩が置いてあるイメージです。ちょっとかけると甘くなって美味しいっていう。

    ――航平になりきってヒロインにひと言お願いします!

    「いいか、帆立は白い側が下だ!」

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    ありがたいことに前回の大人の夏休みに引き続きお声がけいただきまして、今回は濱井航平の声を担当させていただくことになりました。
    舞台も変わって海辺の町ということで、海の香りや景色、音などを感じてもらいながら、時に大人に、時に子どもっぽく、真っすぐに気持ちをぶつけてくれる航平との時間を楽しんでいただければと思います。
    他巻では航平の他にも魅力的な男性たちと一緒に大人の夏休みを過ごせますので、航平編とあわせて何卒よろしくお願いいたします。
    ありがとうございました!

  • 久喜大さん / 足立凧 役

    ――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。

    大人の夏休みに再度参加させていただけるなんて、一生分の運を使い果たしたように思います。
    田舎には時を経ても変わらないものを探すワクワクドキドキがあるのだと思います。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    口調に幼さを感じるところもありますが、好きな人の前だからこそ甘えられるタイプではないでしょうか。
    しっかり者であることは読み進めていくなかで分かってきましたので、大人な一面も要所要所で感じられるはずです。

    ――足立凧を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

    ヒロインに対しての甘え方が難しかったです。演じやすかった側面は、8月8日生まれなので夏が好きなところです。

    ――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

    印象に残ったのはひまわり畑です。是非聞いていただきたいです。

    ――今回、海辺の田舎町が舞台ですが、海にまつわる思い出などはありますか?

    家族で魚介類をたくさん買ってBBQをしたのが楽しかった思い出です。

    ――夏、故郷、で連想するものはなんでしょうか?

    夏は花火大会、故郷は家族と友達です。

    ――凧になりきってヒロインにひと言お願いします!

    「先輩は俺だけを見てて!」

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    『大人の夏休み』の世界が久しぶりの方も、初めての方も、どちらでも楽しめる世界観になっていると思います。
    今回は有難いことに2ndにも参加させていただきまして、皆様とまた再会と出会える機会を頂戴しました。
    微力ではございますが、この世界観の素晴らしさを少しでも伝えられるよう尽力したつもりですので、この思いが多くの方に届きますように。
    ここが、あなたの新たな故郷になりますように。最後まで読んで下さりありがとうございました。

  • 佐和真中さん / 中倉悠生 役

    ――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。

    色んなことで息苦しい世の中ですから、今シリーズのような「外の世界」を感じられる作品はなんだか救われますね。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    素直さ。これに尽きます。

    ――中倉悠生を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

    とにかく日本のどこかにありそうで、どこかに居そうでしたので、自然体を心掛けました。

    ――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

    ヒロインの生い立ちを聞いて沁み沁みしているシーンです。今回の聞きどころは、「田舎の中にも色んな人がいるぞ!」という存在感でしょうか。

    ――今回、海辺の田舎町が舞台ですが、海にまつわる思い出などはありますか?

    私のマスコット「うさくらげ」は陸と海どちらで生きているのか、水陸両生なのか少し悩んでいたことがあります。

    ――夏、故郷、で連想するものはなんでしょうか?

    とな●の●●ロ。

    ――悠生になりきってヒロインにひと言お願いします!

    「逃げてゴメン!!すっごく大好きです!!!」

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    『大人の夏休み』2ndシーズン、どうぞお楽しみに。シリーズが増えれば、あお浜町の施設も増えていくはず?これからもよろしくお願いします!

  • 土門熱さん / 花菱宏之 役

    ――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。

    そうですね……故郷を離れて、ではなく故郷で待つ側っていう設定はあまり今までなかったなと個人的に思っていて。凄くノスタルジックで鼻の奥がツンとするような企画、シナリオでした。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    パッと見て華がある且つ、陰のある人なんですけど目が凄く印象的な人ですね。
    大切な人への罪悪感などを抱えながら生きてきた人なので……結局優しい人なんだろうなぁ。優しくて人一倍責任感が強いというのが根底にある人で、近寄りがたいんだけど彼女にしかわからない暖かさを感じられる。故郷に花菱さんがいたら仲良くなりたいです。

    ――花菱宏之を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

    大人になっても彼女のためにと考えてきて、自分の気持ちを押し殺してるんですけど、ついつい好きな気持ちが溢れちゃったり引っ込めたりがあったので……好きな気持ちの発露を我慢するのも大変でしたね。

    ――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

    花火の真下で話すことって今までなかったんで(笑)普通は入れない所だと思うから、凄くワクワクしました。勝手に、はい(笑)

    ――今回、海辺の田舎町が舞台ですが、海にまつわる思い出などはありますか?

    両親や家族とというよりも、気心の知れた友人達としょうもない話をしたり喧嘩もしちゃったりとか……凄くフラットになれる場所だったなぁと思います。
    なので今でも海に行くと落ち着くし、リセットできる気がするので海は好きですね。

    ――夏、故郷、で連想するものはなんでしょうか?

    蚊取り線香の匂いかなぁ。蚊取り線香と花火の終わった後の火薬の匂い……煙の匂いというか。
    お祭りも、最中より終わった後の雰囲気が好きなんですよね。始まる前の準備期間が好きって人もいると思うんですけど、僕は終わっちゃったな寂しいなという時間のほうが魅力を感じますね。
    香りはね、昔の景色とか好きだった人とか思い出すきっかけになりますし、凄いですよね、香りって。

    ――宏之になりきってヒロインにひと言お願いします!

    「いつでも帰って来いよ……あと、電話は出て、電話は出てくれ」
    (※詳しくはボイス付きアクリルスタンドをチェック!)

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    2ndということで、花菱さんをやらせていただいたんですけど、幅広くどの年齢層の人にも刺さるドラマになっているかと思います。個人的にこのあお浜町の彼等はどういう人達か興味があるので、是非皆さんに遊びに来てもらって、故郷の空気を楽しんでいただければいいなと思います!

スペシャル小説

  • 幼なじみの婚活 / 濱井航平

    「ただーいまー」

     玄関先から妹ののんびりとした声が聞こえ、キッチンにいた濱井航平は作業の手を止める。

    「おう、おかえり。遅かったな、どこ寄り道してた?」

    「えー。そういうのって、プライバシーの侵害じゃない?」

    「あのな……何言ってんだ」

     航平よりひと回りほど年下の妹は、最近何かと口答えが多い。

     とはいえここまで年が離れていると、本気で腹が立つこともそうそうないのだが。

    「まあいいけどさー。……そういえば、婚活始めるんだって!」

    「は、コンカツ? 誰が」

    「誰って、そりゃあ――」

    「待て、まさかあいつが?」

     妹の返答を待たずとも、ひとりの人物の顔が脳裏に浮かぶ。

     コンカツって、婚活だよな?

     結婚したがってるってことか、あいつが?

     危うく動揺が顔に出そうになるのを、ぐっと堪える。

     が、妹は何やら含みのある笑みを浮かべた。

    「そ! しーかーも、都会でハイスペ男子捕まえるんだーって張り切ってたよ」

    「都会で?」

    「うん。あお浜町を出て、都会でキラキラ生活目指したいんだって」

    「……なんだそれ」

    「んーでも、私はちょっとわかるかも」

    「何が」

    「この町って景色はいいしご飯もおいしいけど、キラキラ感が足りないもんね」

    「海はいつもキラキラしてるだろ」

    「そーゆーことじゃないよ! まったく……で、どーすんの?」

    「だから何が」

     ん、と妹がスマホの画面をこちらに向ける。

     妹と彼女が、姉妹みたいに仲睦まじく並んだ笑顔が写っている。

    「婚活して、ハイスペ男子と結婚しちゃうかもしれないんだよ? いいの?」

    「いいの、って……」

     スマホの画面から目を逸らす。

     この見慣れた笑顔が、誰か他の男に向けられるかもしれない。

     そう思ったら、なぜだか妙に胸がざわついた。

    「あいつの人生だ、あいつの勝手だろ。――オレには関係ない」

     そう言い捨て、自室へ戻る。

     妹の顔は、なぜだか見られなかった。


    「コンカツ、ね」

     彼女だって年頃の女性だ。

     結婚を意識することもあるだろう。

     航平自身も、さすがにこの年まで独身でいれば周りからそんな話を振られることがないわけではない。

    (でも……なんかピンとこねえな)

     子どもの頃からずっとそばで見てきた幼なじみだ。

     それが突然、やれ婚活だ、ハイスペ男子だ、キラキラ生活だ……と言われても、手放しで応援する気持ちには正直なれずにいた。

    (……とりあえず、話聞いてみるか)

     ポケットからスマホを取り出す。

     なんとなくすぐには連絡できなくて、カメラロールを開いた。

     画面をスクロールしていくと、料理や風景の写真に混じって、彼女の写真が何枚も表示される。

     航平が撮影したもの、彼女や妹から送られてきたもの。

     入手経路はそれぞれだが、どの写真の彼女もいきいきとした表情をしている。

    「これ、試作メニュー食ってもらった時だな」

     口いっぱいに料理を頬張って、おいしい! と満面の笑みを浮かべていたのを、今でもはっきりと思い出せる。

    「はは、いい顔」

     試作の段階で、彼女が開口一番おいしいと言う料理は、どれも店の人気メニューになった。

     だから航平は、いつだって最初の試食は彼女に、と決めていた。

    「お前がいなくなったら、誰に試食してもらえばいいんだよ」

     スマホの画面をつん、とつつく。

     はずみでスクロールされ、彼女の笑顔が画面外へと消えていく。

    (まあ、あいつが決めることだけどな)

     実際のところ、彼女はどう考えているのだろう。

     なんとなく落ち着かない気持ちを抱えながら、航平は彼女の番号をタップした。


     プルル、プルル――……。

     何度目かの呼び出し音の後、彼女が電話に出る。

     どうしたの? と言うその声は、特段いつもと変わらない。

     婚活のことも、ハイスペ男子のことも、町を出ることも。

     すべては妹が話を盛りすぎていただけじゃないのか、とすら思えた。

    (聞いてみれば案外、大した話じゃないのかもしれない)

     だからなにげなく、いつもの世間話の延長みたいに聞いてみればいい。

     そう思うのに、なぜだか婚活の話題が出てこない。どうしても。

    「あー、あのさ」

     ん? と不思議そうな声。

     電話をかけておきながら、取り留めのない話を続ける自分を、きっと怪訝に思っているのだろう。

    「お前……」

     コンカツ始めるんだって?

     そのたったひと言が、やっぱりどうしても喉から出てこない。

    「あー……お前の好きなメニューなんだよ、明日。だから仕事終わり、店に寄って食っていけよ」

     代わりに出たのは、そんな言葉だけだった。

     わかった行くね、と明るい笑い声の後、電話は切れた。

    「……切り出せなかった、な」

     苦笑が漏れる。

     こんなことは、初めてかもしれない。

     でもなぜなのか。

     心と体がちぐはぐな感覚に戸惑いながら、航平はスマホをポケットに突っ込んだ。


     ――翌日。

     料理を出したり、客の相手をしたりとバタバタしているところに、仕事帰りの彼女がやって来る。

    「お、来たな。お疲れ」

     空いていたカウンター席に座るよう促す。

     鞄を置いてジャケットを脱ぐ彼女の顔には、一日働いた疲れがうっすらと浮かんでいる。

    (今日も頑張ってきたんだな)

     ひと口大に切って食べやすくした刺身とビールを出してやると、彼女がぱっと表情をほころばせる。

     その笑顔が、昨日の写真とリンクした。

    (もし都会の男と結婚したら、この笑顔も見られなくなるのか)

     ふと過る考えに、自分でも驚く。

     彼女が結婚して幸せになる。

     それは嬉しいことでありこそすれ、残念に思う要素なんてひとつもないはずなのに。

    「待ってろ。今、飯出してやるから」

     再び胸に生まれたもやもやを振り払うように、航平は調理を始めた。

     すると、ひとりの男性客が彼女のそばへ近寄る。

     店の常連であり、航平のことも彼女のこともよく知る近所のおっちゃんだ。

     すでに何杯か飲んでできあがっているおっちゃんは、上機嫌で彼女の隣に座った。

    「おっ、お前さん、聞いたぞ~? 今度結婚すんだって!?」

    「えっ」

     聞き耳を立てるまでもなく聞こえてくる会話に、思わず反応してしまう。

    (結婚?)

     まさか。

     昨日、妹から聞いた話では、これから婚活を始めるのではなかったか。

     それとも妹が勘違いをしていて、実はもうそこまで話が進んでいたのか。

    (どっちだ?)

     そっと彼女の表情を盗み見ると、彼女も航平同様に驚いている。

     どうやら、客が結婚と婚活を区別できていないだけのようだった。

    (……驚かすなよ)

     婚活にも結婚にも、自分が思っているよりずっと大きく心を乱されている。

     その自覚はある。

    (でも、なんでだ)

     航平には、なぜ自分がそんな気持ちになるのかいまだわからなかった。


    「ほい、お待たせ」

     できあがった料理を目の前に差し出すと、彼女がまたぱっと目を輝かせる。

     臭みを取った鯖の身と米を土鍋で炊いた、鯖の煮込み飯。

     それに、生姜をたっぷりきかせたなめろうは彼女がとくに好きなメニューだ。

     2杯目のビールも一緒に並べると、今にも蕩けそうな笑顔を見せる。

    「食う前から幸せそうな顔してんな、お前」

     だって絶対おいしいでしょ! と言う彼女は、すでになめろうに箸をつけている。

    「まあな。オレの作る料理にうまくないものはない」

     すごい自信だね、と彼女がころころ笑う。

    「自信のない料理を出したら、お客さんに失礼だろ。だからオレはいつだって自信満々だ」

     たしかにね、と、彼女が相槌を打つ。

     その間にも、どんどんビールは進み、料理も減っていく。

    (もう1品くらい出しとくか)

     そう思った瞬間、先程のおっちゃんが再び絡みにくる。

    「いやあ、俺はここが夫婦になると思ったんだけどなあ」

    「えっ」

    「だってよ、子どもの頃からずーっと仲いいだろ? 婚活だかなんだか知らねえが、航平で手を打っときゃいいんじゃねえか?」

     それは――と彼女が口ごもったのと、

    「そんなのないない」

     自分の口から否定の言葉が出たのは、ほとんど同時だった。

    「んー? ないってことねえだろ?」

    「ないんだよ」

    「そんなもんかねえ」

     慌てていたのか、自分が思った以上に強く否定してしまった。

     この手の話題は、いつもだったらもっと上手にかわせたはずなのに。

     今日はどうしてか、心穏やかでいられなかった。

    (くそ、調子狂うな)

     彼女のほうへ目を向けると、先程までの笑顔は消えていた。

     代わりに、どこか傷ついたような顔をしている。

    (なんで、そんな顔……)

     とっさに何かフォローしようと思ったが、結局何も気の利いた言葉が思いつかなかった。


     それからしばらく経ったある日――。

     航平が帰宅すると、玄関に見慣れた靴が置かれている。彼女のものだ。

     リビングからは、母と妹、そして彼女の話し声が聞こえていた。

    (コンカツの話してるみたいだな)

     漏れ聞こえる内容によると、どうやら彼女の婚活は失敗続きなのだそう。

     好みに合ったハイスペ男子を見つけても、なかなか進展しないのだと嘆いている。

    (うまくいってないのか……そっか)

     それを聞いた航平は、なぜだか心が浮き立つのを感じていた。

     本当なら、一緒に残念がってやるべきなのだろうが。

    (話くらい、聞いてやるか。……幼なじみだしな)

     キッチンから酒瓶を1本取ると、リビングに顔を出す。

    「よ。なあ、いい酒あるから久々に飲まねえ?」

     いいね、と承諾した彼女と一緒に自室へ向かう。

    「よーし、今夜はオレがいくらでも話聞いてやるから。どーんと任せとけよ」

     彼女のグラスに酒を注げば、ごくごくと飲み干しながら愚痴をこぼし始める。

     それに対して航平は、そんな男は最初からやめとけだ、お前のその態度が良くなかっただとか言っていく。

     願わくは、いつまでも婚活がうまくいかなければいい。

     願わくは、いつまでもこうして彼女の愚痴を聞いていられればいい。

    そんなことを思いながら。


     カーテンからうっすらと朝日が差し込む頃。

     勢いよく飲み続けた彼女はとうとうテーブルに突っ伏して眠ってしまう。

    「なんだ、寝たのか。思ったより粘ったな」

    (あの調子じゃ、もっと早くに潰れるかと思ったが)

     毛布をかけてやろうと彼女のそばに寄る。

     すると、頬に涙の筋が見えた。

    「……泣いてんじゃねえよ」

     その涙は、何を、誰を思って流した涙だろうか。

     航平はその頬にそっと触れ、涙の筋を拭ってやる。

     そして、引き寄せられるように唇を寄せ――。

    「……何やってんだ、オレ」

     彼女の唇と、航平のそれが触れる直前。

     はっと我に返り、航平は彼女から距離を取った。

     胸が波打ち、顔全体にかあっと熱が集まってくる。

    「マジで……どうしちまったんだよ……」

     深いため息をつきながら、すやすやと寝息を立てる彼女の寝顔に目を向ける。

     もう少しで触れるところだった桃色の唇が、やけに艶めいて見えた――。

  • カイトの女神様 / 足立凧

    「ふー……あっち」

     磯の香りと、ソースの焦げる香りが混じり合う。

     足立凧は、もう何人分焼いたかわからない焼きそばをパックに詰め、輪ゴムで閉じると、ふと空を仰ぎ見る。

     雲ひとつない晴天に、ギラギラと輝く太陽が浮かんでいた。

     真っ白な砂浜は日の光をふんだんに注がれて熱を持ち、裸足で歩くこともままらない。

    「夏が来たな、今年も」

     凧は夏が大好きだ。真っ青な空と海、肌を焦がす太陽、そして男たちを魅了するようにビーチを闊歩する、水着美人……。

    (……つうか、せっかく夏が来たのに今年も彼女いないじゃん!)

     悲しい現実に、ひとりがっくりと肩を落とす。

     そういえばさっき焼きそばを買いに来たのもカップル、今のんびりとビーチを歩くのもカップル、カップル、カップル……やたらとカップルが目につくのは、自分に恋人がいないせいだろうか。

    (彼女……か)

     実際のところ、今までに恋人を作るチャンスがなかったわけではない。むしろ凧はモテるタイプで、学生時代から今までもずっと、女性のほうから声をかけてくることも少なくなかった。

    (やっぱオレ、ずっと先輩のことを引きずってるのかもな)

     ――先輩。

     もう会えなくなってしまった彼女を思い出すと、胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなる。

     もう終わった恋だと何度自分に言い聞かせても、思い出は一向に色褪せてくれなくて。

     初めて出会った時のことですら、今でもありありと思い出せた。


    ***


     ――彼女との出会いは、凧が中学3年生の頃。

     受験のため、高校の校舎を訪れた時のことだった。

    「ええええ、やばいやばい! どこいったんだろう……!」

     大慌ての凧が探しているのは、受験票だ。

     鞄をひっくり返す勢いでごそごそやっているのにもかかわらず、受験票が見つからない。

    (どうしよう、これじゃ受験どころじゃない!)

     これだけ探してもないのだから、どこかに落としたに違いない。

     でもどこに?

     受験開始時間は刻々と迫っている。

     今から来た道を戻り、どこに落としたのかすらわからない受験票を見つけて、試験を受けるなんて――。

    (……無理だろ)

     あきらめの境地に達するとともに、目尻にうっすらと涙が浮かぶ。

     ごめん、父ちゃん母ちゃん、それと先生。

     あんなに頑張ってオレの受験勉強を応援してくれたのに、こんな結果になっちゃって――……。

    「……え?」

     その時、地面にうずくまった凧の目の前に差し出されたのは『足立凧』と書かれた紙切れ。――受験票だ。

     ぱっと顔を上げると、ここの高校の制服を来た女生徒が立っていた。

    「えっ、これっ、オレの受験票!? な、なんで……!?」

     やっぱり、と彼女が笑う。

     すごい悲壮感いっぱいに探しものをしてるから、もしかしたらと思って声をかけてくれたのだという。

    「あああ、ありがとうございます! なくして、めちゃくちゃ困ってたんです!」

    「あの、あなたは……?」

     彼女は、この高校に通う2年生だと言った。

     凧に受験票を渡すと「頑張ってね」と言い残し、その場を去っていく。

     名前を聞き忘れた、と思ったのは、彼女の後ろ姿が豆粒ほどの大きさになった頃だった。

    (女神みたいな人だった……)

     その瞬間、顔も声も、鮮烈な記憶として凧の脳裏に刻みつけられた。

    (オレ、絶対に絶対に合格して、あの先輩にもう一度会うんだ……!)


    ***


     ――かくして、無事に高校入学を果たした凧。

     入学早々に始めたことといえば“女神探し”だった。

    (受験の時2年生だったんだから、3年生の教室をしらみつぶしに探せば見つかるはず!)

     ほどなくして女神のクラスも名前も突き止めた凧は、そこから猛アタックを開始する。


    「先輩! これ見て!」

     凧の手には、家庭科実習で焼いたばかりのクッキーがこんもりと山になっている。しかも喜んでもらうためにと、ハートや花、キャラクターなどのアイシングまで施して。

    「先輩にあげようと思って作ったんだ! 食べて食べて!」

     ところが彼女がありがとう、とひとつ食べている間に、周りにどんどん女生徒たちが集まってくる。

    「何これ、かわいい!」

    「えっ、タコくんが作ったの? マジでー!?」

    「ひとつちょーだい♪」

    「えっ、いやちょっと、これは先輩に……」

     きゃいきゃいと言いながら、先輩たちがあっという間にクッキーを平らげてしまった。

    「先輩に全部食べてもらいたかったのに……」

     しょんぼりと肩を落とす凧に、彼女が「おいしかったよ、ありがとう」と笑いかける。

     ぽんぽんと頭を撫でる仕草は、まるで子どもをあやす母親のようだ。

    「……先輩、オレ、子ども扱いされてません?」

     そんなことないよ、と彼女は笑ったけれど、少なくともまともに男扱いされていないのは明白だった。

    (これくらいでめげてたまるか! 次こそは……!)


    「先輩! ハッピーバースデー!」

     彼女の誕生日には、真っ赤なバラの花束を贈った。

     正直ちょっとやりすぎかと思わなくもなかったけれど、それくらいのインパクトがなきゃ、彼女の気を引くことなんてできないと思ったから。

     予想通り彼女は「誕生日に花束をもらったのなんて初めて」と目を丸くした。

    「ほんと? じゃあ、オレが先輩の初めての男だ!」

     そう言うと、何その言い方、と彼女は目を細めた。

    (よし、好感触! これをきっかけに、つき合っちゃったりして――)

     そんなほのかな期待を、彼女が笑顔でぶち壊す。

    「え? カイトくんはいろんな女の子にこういうことしてるんでしょ、って……」

    「いやいや! なんでそうなるの!?」

     普通の男子高生は、女の子にバラの花束なんて贈らないから。慣れてるのかと思って。さらりと彼女はそう言った。

    「違うって! オレ、バラの花束なんて初めて買ったし!」

     必死で訴えかけるも彼女は適当に相槌を打つばかりで、凧の本気な言葉はまったく響いている様子がない。

     大切にするね、と花束を大事そうに両手に抱えて行ったことだけが、救いではあった。けれど……。

    (なんでこういつも、オレの気持ちがちゃんと伝わらないんだ……?)


    ***


     そんな空回りばかりの毎日だったけれど――。

     ある夏の日、友人たちと連れ立って海へ遊びに出かけた凧に、とあるチャンスが訪れる。

    「青い空! 白い雲! 夏だー!」

    「カイトってほんと、夏が好きな」

    「だってこんな楽しい気分になる季節、他にないっしょ! 夏最高!」

    「まあ、この町にはとくに夏が似合うかもな……あれ?」

    「何?」

    「あの人、うちの学校の先輩じゃね?」

    「え?」

     友人が向けた視線の先には、見慣れた女性の姿があった。

    (……嘘だろ、こんなところで)

     この偶然に感謝した。

     神様仏様女神様。――いや、女神様はここにいたか。

    「悪い! オレ、ちょっと行ってくる!」

     言うが早いか、凧は走り出していた。

    「先輩っ!」

     突然声をかけられ、彼女はびくりと大きく肩を震わせた。

     おずおずとこちらを振り向き、そして凧の顔を見てほっと表情を緩ませる。

    「ごめんごめん、びっくりした?」

     見たところ、彼女はひとりのようだ。

     水着ではなく私服を着ているし、泳ぎに来たようには見えない。

    「オレは友達と遊びに。先輩は? ひとり?」

     バイトの帰りに、ちょっと寄ってみたんだと彼女は言った。

     この海が好きだから。とくに夏は、と。

    (夏のこの海が好き……オレと同じだ)

     知らなかった共通点を見つけて、凧の胸に喜びが湧き上がる。

    「……あのさ、先輩」

     彼女をまっすぐ見つめて、手を差し出す。

    「オレ、いいとこ知ってるんだ。……一緒に行かない?」

     え、と彼女は一瞬驚いたように固まり、凧の顔と差し出された手を交互に見る。

     それから少しだけ考えて、いいよ、と凧の手を取った。

     初めて握った彼女の手は柔らかくて温かくて、少ししっとりしていた。

    「ああっ……オレの手、ベタついてない?」

    「しまった、先に手洗ってくればよかった!」

     平気だよ、と笑った彼女の顔は、初めて会った時と変わらずに綺麗で。

     やっぱりこの人は女神様みたいだ、と改めて思った。


     凧が彼女を連れてきたのは、周りを岸壁に囲まれた、ちょっとしたプライベートビーチのような場所だった。

    「いいでしょ? ここ。あんまり知られてなくて、穴場なんだ」

     ふたり並んで砂浜に腰を掛け、静かな波の音を聞く。

     他に誰の声も聞こえない、世界中からまるでそこだけが切り取られたかのように錯覚する場所で、大好きな彼女とふたりきり。

     凧の心は、最高潮に高まっていた。

    (いつもいつも空回ってたけど、今ならちゃんと、先輩に気持ちを伝えられるかも)

     今日こそ、今この瞬間こそ、本気で告白しよう。

     そう決意した凧は、砂浜の上で再び彼女の手を握る。

     驚いた彼女が、凧を見る。

     凧もまた、彼女の顔をまっすぐに見つめる。

    「先輩、あのさ……」

     好きなんだ。

     大好きなんだ。

     だからつき合ってほしい。

     何度となく、夢の中でも妄想の中でも告げてきた言葉が、なぜか喉の奥に詰まって出てこない。

    「あの、さ……」

     何? と彼女の視線が問いかけてくる。

     どうしてこんな時に限って、言葉が出てこないんだ。

     いつもだったら、どんな局面でもすらすらと喋れるのに、どうして……。

     焦れば焦るほど、しどろもどろになるばかりだった。

    (こんなの、オレらしくない! しっかりしろよ、カイト!)

     自分で自分を叱咤し、今度こそ! と、彼女の手を強く握る。

    「先輩! オレ――」

     その瞬間、遠くから凧を呼ぶ友達の声が聞こえる。

     世界中にふたりきりしかいないように思えたプライベートビーチが、一気に“いつもの海”に引き戻される。

     ふたりの間に流れていた、どこか甘やかな空気も、魔法が溶けたように霧散していく。

     彼女は腕時計に目を落とし、もう行かなきゃ、とつぶやいた。

    「……うん、そうだね。ごめん、引き止めちゃって」

     立ち上がってズボンについた砂を払ってから、彼女に手を差し出す。

     にっこりと微笑んで凧の手を取りながら、彼女は「何か相談事があるなら、いつでも聞くよ」と言った。

    「うん。……ありがと」


    ***


    (あの時、けっこういい雰囲気だったのにな)

     もし、自分がもう少し勇気を出せていたら。

     彼女との関係は、何か変わっていたのだろうか。

     今はもう会えない、かつての想い人に思いを馳せながら、凧はキラキラと光る海へと視線を投げる。

     あお浜町の海は、あの日と同じように穏やかに凪いでいる。

    (……また、先輩と海デートしたいな――……)

     そんな、物思いに耽る凧を現実に引き戻す声がする。

     海の家のスタッフだ。

    「客を引くコツ? ああ、それなら――」

     この時の凧は、まだ知らない。

     わずか数分後、自身の願いが叶ってしまうことを――。

  • 一目惚れからの電撃恋愛 / 中倉悠生

     あお浜町では月に一度を目安に、町内会の会合が開かれる。

     年少者の中倉悠生は、その性格も相まっていつも周囲のお世話に回っていた。

    「あー、ほら、おっちゃん! またそんなに飲みすぎて」

    「お酒ばっかり飲んじゃダメだって言ってるでしょ。ちゃんとご飯やおつまみも一緒に食べないと」

    「おーい、悠生! こっちにも酒追加してくれないか」

    「あっ、はーい!」

     いつもと変わらない、こんな様子が悠生は好きだった。けれどその一方で、ほんの微かな閉塞感も抱いている。

    (あお浜町のことは大好きだけど、高齢化も進んで、これから先どんどん町の元気がなくなっていくんじゃないのかな)

     もちろん、町のためにできることはやるつもりだ。でも、自分ひとりの力には限界がある。この袋小路感を打ち破る一手がほしい。何かなのか……誰かなのか。

     ぼんやりとそんなことを考えていると、町長がパンパン! と手を鳴らした。

     会合の参加者たちが、ぱっとそちらへ目を向ける。

    「あー、えー、皆さん。ちょっと聞いてもらいたいことがある」

     町長はやけにもったいつけて、ごほん、とひとつ咳払いをする。

    「実は、今度東京の企業から数名、町おこしのための人が派遣されてくることになった」

     ざわっ。

     一気にその場の雰囲気が変わる。

     目を丸くする人、拍手をする人、口笛を鳴らす人――行動はそれぞれだけれど、皆一様に喜んでいる。

     悠生もまた、言いようのない期待が胸に湧き上がるのを感じていた。

    (町おこし……東京から?)

     さらに町長が続ける。

    「あー、というわけで、外部の人の力を借りて、あお浜町をよりいっそう盛り上げていきたいと思いますんで、ひとつよろしく」

    「なんだか楽しそうだなあ」

    「みんなで盛り上げていこう!」

     皆が口々に前向きな言葉を言う。町民一丸となって、町を盛り上げていこうという士気が高まっているのを感じる。

    (町おこし、どんなことが起こるんだろう……どんな人が、来てくれるのかな)

     悠生の心もまた、ひどく高揚していた。


    ***


     ――中倉商店にて。

     普段からひっきりなしに人が出入りする中倉商店だが、今夜はひときわたくさんの人が集まっている。

     悠生が「話がある」と言って、同世代の青年たちに招集をかけたからだ。

     その「話」はひとまず置いておいて、青年たちはそれぞれ好きな酒を片手に話に花を咲かせている。その面々のなかには、漁師であり漁師メシを提供する飲食店「はまい」を切り盛りする濱井航平や、海の家「しゃち蔵」を運営する足立凧の姿もあった。


    「つーかさ、この町にももう少し観光客が来てくれたらなー」

    「本当だよな。そしたらうちの店ももっと繁盛するのに。混むのはせいぜい夏くらいだ」

    「航平の店、年中うまい料理出してんのにもったいないよな」

    「うーん確かに、この町の目立った観光資源って夏の海くらいだよね。あとはうちの『しゃち蔵』かな!」

    「ほーお、タコっち、言うじゃねえか」

    「まるであお浜町は、海とお前んとこだけでもってるような言い方だな!」

    「俺の店だって負けてねえぞー」

     どのタイミングで切り出そうかと考えていた悠生だったが、ちょうどいい話が出たので、ここでひとつ咳払いをする。

    「みんな、今日は集まってくれてありがとう! 実は今度、この町に町おこしの人が来てくれることになったんだ」

     ざわ、と場の空気が変わる。

     この間の町内会の会合と同じ反応だ。

    「具体的に何をするかとかまではまだ聞いてないけど、きっとみんなにも協力してもらうことがあると思うから。そのときはよろしく!」

     皆の顔に、ありありとやる気が浮かぶ。

     町をもっと良くしたい、という思いは皆共通だ。今回の町おこしをきっかけに、きっとこの町の何かが変わっていく。

     漠然と、しかし確かに、悠生はそう感じた。

    「よし、それなら今日は前祝いだな」

    「うん。じゃんじゃん飲もうよ、酒屋のにいちゃんも一緒に!」

    「僕も? じゃあ、少しだけ」

     こうして店内では、「前祝い」と称した酒盛りが始まった。

     最初は、町をこれからどうしていこうか、なんて話をしていたはずが、次第に恋愛の話へと変わっていき――。

    「航平さん、最近あの幼なじみさんとはどうなんです? 好きなんでしょ、彼女のこと」

    「ぶっ! おま、急に何言い出すかと思えば……何もねえよ、別に」

    「えー。でも、仲いいじゃないですか、すっごく。この間だって――」

    「あーあー、聞こえねえ。オレのことはいいから。お前こそどうなんだよ、タコっち」

    「オレ? いやー、どうって言われても、今年も彼女なしのまま夏を終えそうですよ。さみしー」

    「ふーん? お前、モテるのにな。彼女作らない理由でもあんのか? ベタに、忘れられない女がいるとか……」

    「ぶっ! いや、ええとーどうだろうなー?」

    「んー? 怪しいなあ……」

     航平と凧が中心になって、男の恋バナが繰り広げられている。

     悠生はにこにこと楽しげな笑顔を浮かべて話の成り行きを見守っていたが……。

    「つか、お前はどうなんだよ? 悠生」

    「え、どうって?」

    「いや、この話の流れでわかるだろ。好きな女とかさ、いねえの?」

    「そういえば、にいちゃんて顔が広くて知り合いもいっぱいいそうなのに、浮いた話聞かないね」

    「僕は……そういうのは今のところ縁がないかなあ」

    「だろうな。お前って、ほんと女っ気ないもんな」

    「わかんないですよー? こういう人に限って、突然一目惚れからの電撃恋愛! とかあったりして」

    「あはは、僕にはないですよ。残念ながら」

     悠生が笑ってはぐらかすと、その話はそれきりなんとなく流れる。

     そしてまた、誰の彼女がどうだこうだと止めどなく談笑が続く。

    (恋かぁ。興味がないわけじゃないけど、今は店のことと町のことで頭がいっぱいで、それどころじゃないんだよね)

     ふと、凧の言葉が頭をよぎる。

    (一目惚れからの電撃恋愛、ね。そんなドラマみたいなことあったら、すごいけど)

     あったとしても、それは自分に起こるものではないだろう。航平か、凧か。はたまた他の誰かか。

     いずれにしても、自分には縁遠いものだと悠生は思った。

     その時、店の扉が開かれる。

     入ってこようとしたのは、見覚えのある青年だ。

    「あ……花菱さん」

     花菱宏之――今夜の集まりにも声はかけたものの、こういった場は得意じゃないと断られた。

     その彼が、何の気まぐれか店にやってきて――すぐに踵を返そうとしている。咄嗟に、悠生は宏之の近くへ歩み寄った。

    「こんばんは! 何かお探しですか?」

    「仕事が一段落したんで酒を見に来たんだが……今日はやめとく」

    「あー……すみません、賑やかで」

    「いや」

    「もしよかったら花菱さんも、少しだけ寄っていきませんか?」

    「ちょうど、盛り上がってたところなんです」

     背後にちらりと視線を向ければ皆、酒瓶やジョッキを片手に会話を楽しんでいる。

     宏之が微かに眉を下げる。

    「いや、俺は――」

    「あっ、そうだ。花菱さん、これ。どうぞ」

     そっと宏之に手渡したのは、飴細工だ。

     寡黙なのであまり知られていないが、宏之は甘いものに目がない。とくに悠生の作る飴細工を気に入っていて、こうして時折店にやってきてはお酒と一緒に買っていくのだ。

    「あー……サンキュ」

    「いえいえ! 買収するみたいであれですけど、これでひとつ、寄っていってくれませんか?」

    「買収って、お前……」

    「花菱さんの顔見たら、みんな喜ぶと思うので――」

    「あー! 花菱先輩!」

     言いかけたところで、凧が宏之に気づいて声を上げる。宏之とは、高校時代の先輩後輩の関係らしい。

    「先輩がこういうとこに顔出すの、珍しいですね! 一緒に飲みましょうよー!」

    「いやだから、俺は……」

     困ったように言いよどむ宏之の背中を、悠生がぽんと押す。

    「一杯だけでもどうですか? 無理にとは言わないけど」

    「……じゃあ、一杯だけ」

     手に持っていた飴細工をそっとポケットにしまうと、宏之は皆の輪の中へと入っていった。


    「あ……花菱サン。ちっす」

    「……どうも」

    「お酒を買いにきてくれたんです。みんな揃ってるから、一杯だけでもどうですかって、僕が無理言ってお誘いしました」

    「花菱先輩と一緒に飲めるなんて、オレ嬉しいなー!」

    「……そうか? 俺は別に」

    「んー、つれないっ! でもそこが先輩のいいところだと思いますっ!」

    「今、恋バナ大会してたんですよ。男の恋バナなんて、誰得ですけど。……そういえば、花菱サンて彼女とかいるんです?」

    「いや」

    「高校の時も、そういう話は聞かなかったですねー。意外とモテそうなのに?」

    「んなことあるか」

    「いやでも、寡黙でかっこいい男性ってモテるじゃないですか。僕の知り合いの女性にも多いですよ、そういう男性が好きって人」

    (甘いものが好きってところも、ギャップでウケそうだし。……というのは、なんとなく黙っておいた方がいいのだろうけど)

    「じゃ、好きな女とかは? ちなみにタコっちは、忘れられない女がいてずっと彼女いないそうっす」

    「いやなんで急にオレの話!? しかもそれまだ認めてないですけど!?」

    「まだ、と来たか。こりゃ確定だな」

    「ちょっと航平さん!」

    「……忘れられない女、か」

    (……ん?)

     そうつぶやいた瞬間の宏之の顔が、やけに痛々しくて――その一瞬の表情が、悠生の脳裏に強く残った。

     けれど次の瞬間、もういつもの無表情に戻っている。

    「好きな女とかも、別にいない。俺には花火しかないからな」

    「花火が恋人……なんかかっけーな」

    「花菱先輩、しぶい……!」

     3人とも明言はしなかったものの、きっと心の奥には愛しい女性の顔が浮かんでいるんじゃないか。

     根拠はないけれど、なぜか悠生はそんなふうに感じた。

    (恋か……僕にも、いつか大切な女性が現れるのかな)

     いつか来るかもしれない未来。

     そんな漠然としたイメージをつかもうとするけれど、どうしたって上手くいかない。

    (まあ、いつかね)

     ふわふわとしたイメージを頭の片隅に追いやり、悠生はそのへんに散らばった酒瓶を片付け始めた。


    ***


     それから数日が経ち――とうとう町おこしの担当者が来る日になった。

     今日はこれから、町の居酒屋で担当者の紹介と親睦会を兼ねた会合が開かれる。

     悠生は一足先に会場入りし、準備を進めていた。

     あらかじめ自作してあった『ようこそ!あお浜町へ』と書かれた飾りを会場にセッティングしているところに、ひとりの女性がやってくる。

    「……あ、こんばんは! あなたがもしかして、町おこしの担当者さんですか?」

     そうです、と頷いた彼女は都会の洗練された雰囲気を身に纏い、それでいて女性らしいやわらかさや愛らしさも同居した魅力的な人だった。

     あお浜町では見たことのないタイプのその人に、悠生は密かにドキリとする。

    (綺麗な人だな……それにすごくかっこいい。都会の女性って感じだ)

    「僕、中倉悠生といいます。あお浜町で酒屋をやってまして、なので今回の町おこしにすごく期待してるんです!」

     ドキドキが抑えきれず、声が少し上ずってしまう。

     彼女もそれには気づいたはずなのに、変な顔ひとつせず、むしろキラキラとまぶしい笑顔を向けてくれる。

    (なんだろ、この気持ち……落ち着かない)

     都会出身の綺麗な女性を前に会話しているから――それだけが、このドキドキの理由じゃない気がする。

     でも、それならこの胸の高鳴りはなんだろう。

     悠生は、自分の気持ちがわからないことに大きな戸惑いを感じていた。

    (いや、とにかく今は、町おこしを成功させることだけに集中しないと)

     謎のもやもやを振り払い、彼女と握手を交わす。

     握った手のひらは思っていたより小さくて華奢で、悠生はまた密かにドキリとした。

    「おー、悠生。早いな」

    「っ」

     声をかけられ、反射的に手を離す。

     集合時間が近づき、次々と会合の参加者が集まり始めたようだ。

    「ええと……じゃあ、後ほど。みんなが集まったら、ご紹介しますので」

     会釈をして一旦別れる。

     町の人たちと笑顔で会話する彼女の顔から、なぜか目が離せない。

    (ほんと……なんなんだろ……)

     ドキドキと逸る鼓動を抑えるように、そっと胸に手を当てる。

    (まあ、いいか。とにかく今日は記念すべき町おこしの第一歩目になる日だから、しっかりしないと)


     人がおおむね集まったタイミングで、悠生は参加者たちの前に立つ。

     こほん、とひとつ咳払いをして、声を張る。

    「みなさーん、ちゅうもーく! 今回、我があお浜町の町おこしのためにやってきた方を紹介しまーす」


     これが、”一目惚れからの電撃恋愛”なのだと悠生が気づくのは、もう少しだけ後のこと――。

  • 苦い思い出を越えて今 / 花菱宏之

    ――今から、約10年前のこと。

    花菱宏之は夕暮れの教室で、密かに想いを寄せる彼女とふたりきりで将来について語らっていた。


    「楽しい仕事がしたい、か」

    「いいんじゃねえの。お前はいつも楽しそうに笑ってるのが似合うし」

    本当にそう感じたから、そう答えただけなのに。

    他人事だと思って、適当に言ってない? と彼女がふくれて見せる。

    「言ってない。本当にそう思ってる」

    明るい性格で誰からも好かれる彼女は、宏之にとってまるで太陽のような存在で。そんな彼女が歩む未来には、光り輝く道がまっすぐに伸びている。理屈抜きで、そんな気がした。

    「仕事はずっとしていかなきゃならねえもんだろ。なら、苦しいより楽しい方がいい」

    「お前はそういう道に進む方が合ってる。……たぶん」

    そっか、と彼女が笑う。

    それから、ああ、でも――と言葉を切り、窓の外に視線を投げるとぽつり、地元は離れたくないなぁと言った。

    「……まあな。この町で、楽しい仕事が見つかればそれが一番だけど」

    つられて、宏之も窓の外を見る。

    遠くに広がる水平線。

    昼間は雲ひとつない真っ青な空だったけれど、今は太陽がだいぶ西へと傾き、空も海も鮮やかな橙色に染まっている。

    あお浜町は、良い町だ。

    だが、果たして彼女を楽しませてくれる仕事が見つかるだろうか。

    (本当は、ずっとここにいてほしいけど)

    (……言えねえよな、そんなの)

    もし彼女が“楽しい仕事”を求めて、ここではないどこか遠くの町へと出ていくとしたら。

    その時自分は、笑って送り出してやれるだろうか。

    そんなことをぼんやりと考えた。


    「……ん? 俺?」

    彼女の声が、意識を現実に引き戻す。

    「俺は、もうずっと前から決まってる。じいちゃんの後継いで、花火師になる」

    宏之が花火作りの勉強を続けていたことは、もちろん彼女も知っている。

    だからだろうか。改めて宏之の決意を聞いた彼女は、ぱっとひまわりが咲いたみたいな笑顔を見せた。

    「……なんでお前がそんな嬉しそうなのか、わかんねえけど」

    「まあ、いい」

    ふふ、と彼女が笑う。それから、いつから花火師になりたかったの? と尋ねた。

    「ずっと前……そうだな、子どもの頃だ」

    「じいちゃんのそばに寄ると、ふわっと火薬のにおいがするんだよ。あれが子どもの頃から好きだった」

    だから、寝ているじいちゃんの布団に潜り込んで、よく一緒に寝ていた。それを聞いた彼女は、目をキラキラに輝かせて「チビ宏之、かわいい!」と言う。

    それには答えず、宏之は少しだけ視線を逸らした。

    「……で、小学――5、6年の頃かな。初めて工場に入れてもらったんだ」

    「感動した。大好きなにおいが充満するここで、じいちゃんはあんな綺麗な花火を作ってんだな、って」

    今でも、目を閉じるとあの瞬間の感動がありありと蘇ってくる。

    わけもわからずすげえ……としか言えなくて、そのへんに置かれている道具はどう使うのかも見当がつかない。

    けれど、自分もいつかじいちゃんみたいな花火師になりたい――自然と、そんな思いが胸の奥からふつふつと湧き上がってきたのだった。

    「あれから数年経ったけど、じいちゃんみたいになりたいって気持ちは、変わってない」

    「それに落ち着くんだ。……花火作ってる時が、一番」

    そっかあ、と穏やかな笑みを浮かべて、私にもそんなふうに夢中になれるものが見つかるかな? と彼女が言う。

    「……見つかるよ」

    「お前は俺よりずっと器用だし人付き合いも上手いし、何にだってなれる」

    大きな目をぱちくりと瞬いた後、彼女が照れ笑いを浮かべる。

    「そうだな……人と喋るの好きだから店員とか似合うだろ。普通に会社で働くOL? とかもいけるだろうし、教師、保育士、バスの添乗員とかもありだな。あとは――」

    彼女になら無限の可能性があるように思える。

    するとぽつりと、彼女がつぶやいた。

    「……意外とロマンチストだって? へえ」

    「じゃあお前が一番なりたいものって、何?」

    尋ねると、彼女がえへへ、とはにかんだように笑う。

    「え、かわいい花嫁さん?」

    そう。ウェディングドレスとか、絶対似合うと思う! と彼女は胸を張った。

    (……花嫁)

    純白のドレスに身を包み、ゆっくりとヴァージンロードを歩く姿が目に浮かぶ。その手を取るのは――誰だろう。

    「……ああ、似合うだろうな。お前なら」

    ほんと? と彼女が少し顔を近づける。

    「ああ、見てみたい」

    「……お前の、ウェディングドレス姿」

    (きっと、綺麗だ)

    もしかしたら、今自分の顔は少し赤みを帯びているかもしれない、と思った。

    今が、夕暮れ時で良かった。全部、夕日のせいにしてしまえるから。

    窓から差し込む夕日が、彼女の頬を朱く染めている。

    彼女の顔が赤く見えるのは、夕日のせいだけじゃなければいいのに。

    宏之は、そんなことを思っていた。


    その場に、どこか甘く優しい空気が流れる。

    ――それを吹き飛ばすかのように、勢いよく教室のドアが開き、仲間たちが入ってきた。

    「お待たせー!」

    「……あれ? お前ら……」

    「なんだよ」

    「なんかあれじゃね? エッチな雰囲気醸し出してね?」

    「何バカなこと言ってんだ」

    「うわ、宏之が照れてる。めずらしー」

    「照れてねえ」

    「照れてるよー!」

    ふたりの様子をひとしきりからかった後、

    「よーし。んじゃ、そろそろ帰るか」

    「だな。ポテト買ってこー」

    そんなことを言いながら、皆でまとまって教室を後にした。


    ――あの頃は、未来がどうなるかなんて想像もつかなかった。

    でもきっとあいつが言うように、

    この優しく平凡な毎日がずっとずっと続いていくその先に、

    漠然と楽しい未来が待っている気がしてた。

    それなのに――……。


    ***


    あれから10年が経った。

    宏之は子どもの頃からの夢を叶え、じいちゃんの後を継いで花火師に。

    あお浜町恒例の花火大会を間近に控え、火薬のにおいが立ち込める工場でひとり黙々と花火作りに没頭していた。

    「……ふう」

    きりのいいところで、手を止める。

    どうして突然、あんな昔のことを思い出したのだろう。

    自身でも不思議だったが、きっとこの火薬のにおいが郷愁を呼び起こしたのだろうと思った。

    (かわいい花嫁さんになりたい、って言ってたな。あいつ)

    絶対に似合うはずだと豪語していた、念願のウェディングドレスはもう着たのだろうか。

    地元を離れたくない、と言っていた彼女は、高校卒業を機にあお浜町を出て行っていった。その後のことは、もう何もわからない。

    彼女だけじゃない。当時の仲間たちも、全員が散り散りになってしまった。

    (幸せになってるか)

    (そうでいてほしい。……あんなことが、あったんだから)

    仲間たちがバラバラになるきっかけとなった事件を思い出すと、胸の中に鉛を放り投げられたように重く、苦しくなる。

    (……もう会えねえのかな)

    彼女にも、仲間たちにも。

    それならそれで、仕方がない。すべてを受け入れて、自分はただ花火を作り続けるまでだ。

    ひとつ息をつき、再び作業に戻ろうとしたところで、母親から声をかけられる。

    「……電話?」

    「わかった、今出る」


    電話の相手は、高校時代の同級生だった。

    『おー宏之、久しぶり。元気してたか?』

    「ああ」

    『そりゃ何よりだ。ところで今度の週末、同窓会やるんだけど……』

    『お前、今年もまた来ないつもりか?』

    高校卒業後、町に残った連中を中心に毎年同窓会が開かれている。

    宏之にも毎回声がかかるが、一度も出席したことがなかった。

    同窓会に出れば、自ずと高校時代の思い出話に花が咲く。宏之にとって、高校の思い出は決して楽しいものではない。

    厳密には、楽しかった思い出もすべて、”あんなこと”が黒く塗り潰してしまった。だから、今年も――と断ろうとしたところで、相手が遮る。

    『おっと待った。いい加減、今回こそは来てもらうぞ』

    「いや、俺は――」

    『来なかったら罰ゲームだ。いいな、必ず来いよ』

    言いたいことだけ言って、電話は勝手に切れた。

    「罰ゲーム……」

    どうせ、大したものではないだろう。

    そうは思ったものの、ここまで言われて頑なに断るのも大人げない。

    「……はぁ」

    仕方ない、と宏之は腹をくくることにした。


    ――週末。

    同窓会会場である居酒屋に入ると、すでに会は始まっていた。

    やはりほとんどが地元のメンツで、珍しい顔はぱっと見渡した限りひとり、ふたりしか見られない。当然、彼女も当時の仲間たちの顔もなかった。

    「おー宏之! やっと来たか」

    「さっきまで仕事だった」

    「そっかそっか、お疲れさん。いやーでも、宏之が参加する気になってくれて嬉しいよ!」

    「罰ゲームとか言われたしな」

    「はははっ、あれが効いたかー!」

    「ま、座れよ。駆けつけ三杯! ってことで、とりあえず飲めって」

    友人が、グラスにビールをなみなみと注いでくれる。

    一気に煽れば、しゅわっと喉を爽快感がすべり落ちていった。

    「お、いい飲みっぷりだな。ほい」

    2杯目を注ぎながら、友人が目を細める。

    「いやぁ、懐かしいよなあ。宏之ってさ、お前自身はこんなおとなしいのに、やけに明るい連中とつるんでただろ」

    「……」

    「俺なんか、今で言う陰キャ? タイプだったから、ああいう連中って少し近寄りがたかったけどさ」

    「でもお前は、全然絡みにくいとかそういうのなかったな。ああ、顔はちょっと怖かったけど」

    「……ほっとけ」

    「ははっ! 顔が怖いのは今も変わらんけどな」

    「だが……」

    ビール瓶をテーブルに置き、何かを逡巡するように友人が言葉を切る。

    そして次に宏之を見つめる瞳には、同情とも哀れみともいえない揺らいだ感情が浮かんでいた。

    「でも変わんないのは顔だけだ。あの時から……お前、随分変わっちまったよな」

    「……」

    「なあ宏之。もういいだろ?」

    「もうそろそろ、吹っ切れよ。誰もお前を責めちゃいないんだ」

    「……」

    「町を出てった奴らだって、お前にそんなふうになってほしいなんて、望んでないはずだよ」

    「……ああ」

    返事をひとつ返したところで、友人は呼ばれて席を立っていく。

    残った宏之は、グラスに注がれたままのビールをじっと見つめた。

    (あいつは、今どこで何してるんだろうな)

    (もう一度だけ、もし会えたら……俺は――……)


    ***


    花火大会当日。


    時勢柄、事前告知なしのゲリラ開催ではあったものの、防波堤付近には結構な人数の見物客が来ていた。

    見物客の喜ぶ顔も見られたし、大きな失敗もなかった。

    「今年の花火も良かっただろ、じいちゃん」

    トラックの助手席に座るじいちゃんに向かって、話しかける。

    それから、窓の外に目をやる。

    (今年も、でけぇの打ち上げた。……お前のいる町にも、届けばいいのにな)

    「……ん?」

    夜空をぼんやりと見上げたままの女性が目に入る。

    もしかして、まだ花火が上がるのを待っているのかもしれない。宏之はトラックの窓を開けた。

    「花火ならもう終わりっすよ」

    女性が振り返る。

    その顔に、やけに見覚えがあった。

    ――いや、見覚えがある、どころの話じゃない。

    「っ……」

    (嘘、だろ?)

    もう一度、女性の顔を見る。

    記憶に残る姿より、大人びている。

    でも……間違いない。間違うはずがない。

    そこには、高校の頃に好きだった彼女が、

    かつて夕暮れの教室でふたりきり、未来について語らった彼女が立っていた。


    また会いたいと夢にまで見た、でもまた会えるとは夢にも思わなかった。

    それなのに――俺たちは今日、こうして再会した。

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