[ スペシャル ]

キャストインタビュー

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  • 久喜大さん / 足立凧 役

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  • 佐和真中さん / 中倉悠生 役

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  • 土門熱さん / 花菱宏之 役

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スペシャル小説

  • 幼なじみの婚活 / 濱井航平

    「ただーいまー」

     玄関先から妹ののんびりとした声が聞こえ、キッチンにいた濱井航平は作業の手を止める。

    「おう、おかえり。遅かったな、どこ寄り道してた?」

    「えー。そういうのって、プライバシーの侵害じゃない?」

    「あのな……何言ってんだ」

     航平よりひと回りほど年下の妹は、最近何かと口答えが多い。

     とはいえここまで年が離れていると、本気で腹が立つこともそうそうないのだが。

    「まあいいけどさー。……そういえば、婚活始めるんだって!」

    「は、コンカツ? 誰が」

    「誰って、そりゃあ――」

    「待て、まさかあいつが?」

     妹の返答を待たずとも、ひとりの人物の顔が脳裏に浮かぶ。

     コンカツって、婚活だよな?

     結婚したがってるってことか、あいつが?

     危うく動揺が顔に出そうになるのを、ぐっと堪える。

     が、妹は何やら含みのある笑みを浮かべた。

    「そ! しーかーも、都会でハイスペ男子捕まえるんだーって張り切ってたよ」

    「都会で?」

    「うん。あお浜町を出て、都会でキラキラ生活目指したいんだって」

    「……なんだそれ」

    「んーでも、私はちょっとわかるかも」

    「何が」

    「この町って景色はいいしご飯もおいしいけど、キラキラ感が足りないもんね」

    「海はいつもキラキラしてるだろ」

    「そーゆーことじゃないよ! まったく……で、どーすんの?」

    「だから何が」

     ん、と妹がスマホの画面をこちらに向ける。

     妹と彼女が、姉妹みたいに仲睦まじく並んだ笑顔が写っている。

    「婚活して、ハイスペ男子と結婚しちゃうかもしれないんだよ? いいの?」

    「いいの、って……」

     スマホの画面から目を逸らす。

     この見慣れた笑顔が、誰か他の男に向けられるかもしれない。

     そう思ったら、なぜだか妙に胸がざわついた。

    「あいつの人生だ、あいつの勝手だろ。――オレには関係ない」

     そう言い捨て、自室へ戻る。

     妹の顔は、なぜだか見られなかった。


    「コンカツ、ね」

     彼女だって年頃の女性だ。

     結婚を意識することもあるだろう。

     航平自身も、さすがにこの年まで独身でいれば周りからそんな話を振られることがないわけではない。

    (でも……なんかピンとこねえな)

     子どもの頃からずっとそばで見てきた幼なじみだ。

     それが突然、やれ婚活だ、ハイスペ男子だ、キラキラ生活だ……と言われても、手放しで応援する気持ちには正直なれずにいた。

    (……とりあえず、話聞いてみるか)

     ポケットからスマホを取り出す。

     なんとなくすぐには連絡できなくて、カメラロールを開いた。

     画面をスクロールしていくと、料理や風景の写真に混じって、彼女の写真が何枚も表示される。

     航平が撮影したもの、彼女や妹から送られてきたもの。

     入手経路はそれぞれだが、どの写真の彼女もいきいきとした表情をしている。

    「これ、試作メニュー食ってもらった時だな」

     口いっぱいに料理を頬張って、おいしい! と満面の笑みを浮かべていたのを、今でもはっきりと思い出せる。

    「はは、いい顔」

     試作の段階で、彼女が開口一番おいしいと言う料理は、どれも店の人気メニューになった。

     だから航平は、いつだって最初の試食は彼女に、と決めていた。

    「お前がいなくなったら、誰に試食してもらえばいいんだよ」

     スマホの画面をつん、とつつく。

     はずみでスクロールされ、彼女の笑顔が画面外へと消えていく。

    (まあ、あいつが決めることだけどな)

     実際のところ、彼女はどう考えているのだろう。

     なんとなく落ち着かない気持ちを抱えながら、航平は彼女の番号をタップした。


     プルル、プルル――……。

     何度目かの呼び出し音の後、彼女が電話に出る。

     どうしたの? と言うその声は、特段いつもと変わらない。

     婚活のことも、ハイスペ男子のことも、町を出ることも。

     すべては妹が話を盛りすぎていただけじゃないのか、とすら思えた。

    (聞いてみれば案外、大した話じゃないのかもしれない)

     だからなにげなく、いつもの世間話の延長みたいに聞いてみればいい。

     そう思うのに、なぜだか婚活の話題が出てこない。どうしても。

    「あー、あのさ」

     ん? と不思議そうな声。

     電話をかけておきながら、取り留めのない話を続ける自分を、きっと怪訝に思っているのだろう。

    「お前……」

     コンカツ始めるんだって?

     そのたったひと言が、やっぱりどうしても喉から出てこない。

    「あー……お前の好きなメニューなんだよ、明日。だから仕事終わり、店に寄って食っていけよ」

     代わりに出たのは、そんな言葉だけだった。

     わかった行くね、と明るい笑い声の後、電話は切れた。

    「……切り出せなかった、な」

     苦笑が漏れる。

     こんなことは、初めてかもしれない。

     でもなぜなのか。

     心と体がちぐはぐな感覚に戸惑いながら、航平はスマホをポケットに突っ込んだ。


     ――翌日。

     料理を出したり、客の相手をしたりとバタバタしているところに、仕事帰りの彼女がやって来る。

    「お、来たな。お疲れ」

     空いていたカウンター席に座るよう促す。

     鞄を置いてジャケットを脱ぐ彼女の顔には、一日働いた疲れがうっすらと浮かんでいる。

    (今日も頑張ってきたんだな)

     ひと口大に切って食べやすくした刺身とビールを出してやると、彼女がぱっと表情をほころばせる。

     その笑顔が、昨日の写真とリンクした。

    (もし都会の男と結婚したら、この笑顔も見られなくなるのか)

     ふと過る考えに、自分でも驚く。

     彼女が結婚して幸せになる。

     それは嬉しいことでありこそすれ、残念に思う要素なんてひとつもないはずなのに。

    「待ってろ。今、飯出してやるから」

     再び胸に生まれたもやもやを振り払うように、航平は調理を始めた。

     すると、ひとりの男性客が彼女のそばへ近寄る。

     店の常連であり、航平のことも彼女のこともよく知る近所のおっちゃんだ。

     すでに何杯か飲んでできあがっているおっちゃんは、上機嫌で彼女の隣に座った。

    「おっ、お前さん、聞いたぞ~? 今度結婚すんだって!?」

    「えっ」

     聞き耳を立てるまでもなく聞こえてくる会話に、思わず反応してしまう。

    (結婚?)

     まさか。

     昨日、妹から聞いた話では、これから婚活を始めるのではなかったか。

     それとも妹が勘違いをしていて、実はもうそこまで話が進んでいたのか。

    (どっちだ?)

     そっと彼女の表情を盗み見ると、彼女も航平同様に驚いている。

     どうやら、客が結婚と婚活を区別できていないだけのようだった。

    (……驚かすなよ)

     婚活にも結婚にも、自分が思っているよりずっと大きく心を乱されている。

     その自覚はある。

    (でも、なんでだ)

     航平には、なぜ自分がそんな気持ちになるのかいまだわからなかった。


    「ほい、お待たせ」

     できあがった料理を目の前に差し出すと、彼女がまたぱっと目を輝かせる。

     臭みを取った鯖の身と米を土鍋で炊いた、鯖の煮込み飯。

     それに、生姜をたっぷりきかせたなめろうは彼女がとくに好きなメニューだ。

     2杯目のビールも一緒に並べると、今にも蕩けそうな笑顔を見せる。

    「食う前から幸せそうな顔してんな、お前」

     だって絶対おいしいでしょ! と言う彼女は、すでになめろうに箸をつけている。

    「まあな。オレの作る料理にうまくないものはない」

     すごい自信だね、と彼女がころころ笑う。

    「自信のない料理を出したら、お客さんに失礼だろ。だからオレはいつだって自信満々だ」

     たしかにね、と、彼女が相槌を打つ。

     その間にも、どんどんビールは進み、料理も減っていく。

    (もう1品くらい出しとくか)

     そう思った瞬間、先程のおっちゃんが再び絡みにくる。

    「いやあ、俺はここが夫婦になると思ったんだけどなあ」

    「えっ」

    「だってよ、子どもの頃からずーっと仲いいだろ? 婚活だかなんだか知らねえが、航平で手を打っときゃいいんじゃねえか?」

     それは――と彼女が口ごもったのと、

    「そんなのないない」

     自分の口から否定の言葉が出たのは、ほとんど同時だった。

    「んー? ないってことねえだろ?」

    「ないんだよ」

    「そんなもんかねえ」

     慌てていたのか、自分が思った以上に強く否定してしまった。

     この手の話題は、いつもだったらもっと上手にかわせたはずなのに。

     今日はどうしてか、心穏やかでいられなかった。

    (くそ、調子狂うな)

     彼女のほうへ目を向けると、先程までの笑顔は消えていた。

     代わりに、どこか傷ついたような顔をしている。

    (なんで、そんな顔……)

     とっさに何かフォローしようと思ったが、結局何も気の利いた言葉が思いつかなかった。


     それからしばらく経ったある日――。

     航平が帰宅すると、玄関に見慣れた靴が置かれている。彼女のものだ。

     リビングからは、母と妹、そして彼女の話し声が聞こえていた。

    (コンカツの話してるみたいだな)

     漏れ聞こえる内容によると、どうやら彼女の婚活は失敗続きなのだそう。

     好みに合ったハイスペ男子を見つけても、なかなか進展しないのだと嘆いている。

    (うまくいってないのか……そっか)

     それを聞いた航平は、なぜだか心が浮き立つのを感じていた。

     本当なら、一緒に残念がってやるべきなのだろうが。

    (話くらい、聞いてやるか。……幼なじみだしな)

     キッチンから酒瓶を1本取ると、リビングに顔を出す。

    「よ。なあ、いい酒あるから久々に飲まねえ?」

     いいね、と承諾した彼女と一緒に自室へ向かう。

    「よーし、今夜はオレがいくらでも話聞いてやるから。どーんと任せとけよ」

     彼女のグラスに酒を注げば、ごくごくと飲み干しながら愚痴をこぼし始める。

     それに対して航平は、そんな男は最初からやめとけだ、お前のその態度が良くなかっただとか言っていく。

     願わくは、いつまでも婚活がうまくいかなければいい。

     願わくは、いつまでもこうして彼女の愚痴を聞いていられればいい。

    そんなことを思いながら。


     カーテンからうっすらと朝日が差し込む頃。

     勢いよく飲み続けた彼女はとうとうテーブルに突っ伏して眠ってしまう。

    「なんだ、寝たのか。思ったより粘ったな」

    (あの調子じゃ、もっと早くに潰れるかと思ったが)

     毛布をかけてやろうと彼女のそばに寄る。

     すると、頬に涙の筋が見えた。

    「……泣いてんじゃねえよ」

     その涙は、何を、誰を思って流した涙だろうか。

     航平はその頬にそっと触れ、涙の筋を拭ってやる。

     そして、引き寄せられるように唇を寄せ――。

    「……何やってんだ、オレ」

     彼女の唇と、航平のそれが触れる直前。

     はっと我に返り、航平は彼女から距離を取った。

     胸が波打ち、顔全体にかあっと熱が集まってくる。

    「マジで……どうしちまったんだよ……」

     深いため息をつきながら、すやすやと寝息を立てる彼女の寝顔に目を向ける。

     もう少しで触れるところだった桃色の唇が、やけに艶めいて見えた――。