By My Buddy!By My Buddy!

[ スペシャル ]

キャストインタビュー

  • 久喜大さん / 須田俊哉 役

    ――今回の企画についての感想や印象を教えていただけますでしょうか。

    須田俊哉役・久喜大さん(以下久喜大):子供の頃から警察官に憧れていたのでこんな形で実現するとは思っていませんでした。
    日本の警察官のカッコ良さ、素晴らしさ、正義の心などを学ぶことができ、とても感謝しております。関係者各位には頭があがりません。足を向けて寝られません。一言芳恩。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    久喜大:須田は『狂犬』と呼ばれるほどの人物なので周りからはとても扱いにくかったと思います。
    ですが、その中でヒロインは上手く手綱を引いてコントロールしているなと思いました。きっとヒロインは表面上ではなく中身を見て判断するのだと思います。
    ですが勘違いしてはいけないのは、中身がどんなに美しくても、中身を見る目が美しくなければ見ることはできないということ。 表面だけを見て判断していたのであれば、二人の物語を紡ぐことはできなかったことでしょう。
    演じる上で、須田の内にある孤独が押し寄せてきました。 その孤独から救ってくれたのが、聴き手である貴方、ヒロインなのです。 これは須田のキャラクターを伝える上で一番言っておきたかったことです。意思堅固。

    ――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか。

    久喜大:『お前の心を…逮捕する』『逮捕だ…俺の心を奪ったんだからな』『さぁ、吐くんだ…俺を求めているんだろ』
    そんな台詞は存在しませんが、濡れ場やBARでのシーンでは心の中で叫ぶほど情熱的に頭をよぎった台詞です。 一つの台詞に何重もの想いを込めたいものですね。寛仁大度。

    ――聞きどころをぜひご紹介してください!

    久喜大:ヒロインにメロメロになり、牙を抜かれた狂犬となってしまった『特典』が聞きどころだとは、どうしても言えません…!一意攻苦。

    ――演じる上で難しかった点や、ココに気をつけながら演じた、という点はありますでしょうか。

    久喜大:銃撃シーンです。どのタイミングで火を噴かせるのか、どんな姿勢では発射させるのか、非常に難しかったです。 玉は【二個】使いました。艱難辛苦。

    ――もし自分が刑事だったら、どんな捜査を行ってみたい(もしくはどんな事件を扱いたい)と思われますか。

    久喜大:詐欺。駄目絶対。

    ――須田俊哉になりきって、ヒロインに何か伝えるとしたら? ひと言お願いします!

    久喜大:『お前の笑顔があったから、ここまでやってこられたよ、今まで本当にありがとう。』

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    久喜大:いつも応援と、楽しみにして下さってありがとうございます。久喜大です。
    この作品に関わる事ができて、本当に感謝しています。 一つの作品に関わることで『また貴方と近づくキッカケを頂いた』と感じるからです。
    貴方のもとにこの作品が届いたとき、須田はどう映っているのか、とても楽しみです。 収録現場では制作の方々の作品に向けた情熱、貴方に喜んでもらおうという熱意がとても伝わってきます。 その思いが、須田を通して伝わりますよう、心から願っております。
    これからも、貴方のシチュエーションドラマの世界に喜びが増えますように。 そして今まで色んな形で、自分が思いつく限りの、少しでも貴方を笑顔にできればと行ってきたコメントにお付き合いくださり、ありがとうございました。 感恩戴得、久喜大。

  • 茶介さん / 一ノ瀬亘 役

    ――今回の企画についての感想や印象を教えていただけますでしょうか。

    一ノ瀬亘役・茶介さん(以下茶介):刑事物が好きなので今作に関われたのは嬉しいです。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    茶介:やればできる子。

    ――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか。

    茶介:ヒロインと焼肉を食べに行くシーンです。焼肉、食べたくなりますよね。

    ――聞きどころをぜひご紹介してください!

    茶介:刑事物ですので、核心に迫るところでしょうか。

    ――演じる上で難しかった点や、ココに気をつけながら演じた、という点はありますでしょうか。

    茶介:33才なんてまだまだ若僧ですよ。おじさん呼びなんて100年早いわ!

    ――もし自分が刑事だったら、どんな捜査を行ってみたい(もしくはどんな事件を扱いたい)と思われますか。

    茶介:資料整理をやりたいです。

    ――一ノ瀬亘になりきって、ヒロインに何か伝えるとしたら? ひと言お願いします!

    茶介:『めんどくさいから、何か適当に考えといて』

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    茶介:実際に芝居をはじめたら当初のイメージと若干違う方向に転がったキャラです。
    良い形で皆様に届けば嬉しいです。
    真実はいつも1つ!イヤ2つ……3つ?やっぱり4つくらい。

  • 彩和矢さん / 白井修司 役

    ――今回の企画についての感想や印象を教えていただけますでしょうか。

    白井修司役・彩和矢さん(以下彩和矢):今回CD作品に出演することやシリーズ全体でリンクしていく作品に出演することが初めてだったので、「大丈夫?僕で?」というのが最初の印象でした。
    話が練られていて緻密なお話しだと思っていたので、「僕が浮かないように、しかも刑事役だから特に気合いを入れて頑張ろう」と思って今回の企画を受けました。

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    彩和矢:白井修司の魅力はなんと言ってもミステリアスなところかなと思っています。
    微笑みをずっと浮かべているけれど中身と表情がマッチしていない感じが僕の中ではあって、笑っている顔をしてて優しい声も出ているはずなのに中身が入っていない、ちょっと「あれ?」という感じがずっとありました。
    温度感やどこに向かって喋っているのか(母に向けてなのか、ヒロインに向けてなのか、同僚に向けてなのか)というのは、彼自身も変えるんだろうなと思い演じる上で意識しましたので、魅力と感じていただければ幸いだなと思っています。
    本編で「あ、ここで変わったかも」みたいなところを見つけていただけたらなと思っています。

    ―今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか。

    彩和矢:修司の感情が変わっていくところは印象的でした。
    感情が変わっていく中でも昔の暗い部分を超えてヒロインにちょっと甘える、もたれかかる部分が所々に出てくるので、見つけてもらいたいですね。
    台詞で彼らしいなと思ったのが「この体ももう僕の一部だ」という部分です。
    僕の中でこの台詞はものすごく印象的で、彼は本当に「1つだよ」って思っているように感じました。
    滲み出るような「この体ももう僕の一部だ」という台詞が最後に集約しているんだなと感じたので、大事に演じさせていただきました。

    ――聞きどころをぜひご紹介してください!

    彩和矢:波がものすごく彼にはあって、最初は問題なく進んでいったのが急に暗くなったり、暗くなったと思ったらいつも通りに戻ったりする部分があるので、そういう彼の感情は意識して演じさせていただきましたね。
    最初の行きずりからの関係の大事さが伝わればいいかなと思って、濡れ場も回数を重ねるごとに熱中していく様子を演じました。
    ぜひ全て聞いてください!!

    ―演じる上で難しかった点や、ココに気をつけながら演じた、という点はありますでしょうか。

    彩和矢:まず刑事という役が僕の中では難しかったですね。
    すごくカッチリとした仕事じゃないですか、しかも捜査第一課という重大な事件を扱うのに、彼はクールというか飄々としている、底知れない雰囲気があったので演じるのが難しく感じました。
    少し気を抜くと”クール”というよりも”優しい”になってしまうので、底知れない何かを維持することを今回はすごく気をつけたし、難しかったところだと思っていますね。

    ――もし自分が刑事だったら、どんな捜査を行ってみたい(もしくはどんな事件を扱いたい)と思われますか。

    彩和矢:僕は血とか怖いものがめちゃくちゃ苦手なので、交通整備とか小学生の迷子の相手とか、補導とか……今作のような派手な捜査一課で生き死にの問題を扱うよりは、町のお巡りさんみたいな感じがいいですね。

    ――白井修司になりきって、ヒロインに何か伝えるとしたら? ひと言お願いします!

    彩和矢:『君と僕は、一心同体だよ』 でもなんかもっと言いたいな…… 『僕たちは2人で1つだよ、ずっと一緒にいよう』 かな!

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    彩和矢:初めまして、白井修司を演じさせていただきました彩和矢と申します。
    CDになるというのが僕の中で初めてのことで、スタジオに入った時から結構ガチガチに緊張していたのですが、「僕がやることは白井修司を演じさせてもらうことだけだ」と緊張を捨ててやらせてもらいました。
    この作品の魅力は、お話の緻密さやキャラの魅力だと思っています。
    ストーリーやキャラを作ってもらった上で、最後に僕が偶然、白井修司を演じるということだけだったので、皆さんの力で演じさせてもらうことができたと思っています。
    このCDが発売するのにもいろんな人が力を貸してくださっていて、その中でこうやってCDを楽しみにしてくださっている方がいるというのは、僕にとって本当に幸せだし、幸運だし、声優冥利に尽きることだなと思っております。
    ぜひCDを4本揃えていただきたいです!
    何回もCDを聞くと「あの時の彼のこの台詞はこうだったんだ」とか彼のことが見えてくると思いますので、繰り返し聞いていただいて、白井修司に何度も何度も会いに来てくれたらなと思っております。
    またお会いできる日を楽しみにしております。ありがとうございました!

  • 井伊筋肉さん / 冴島一樹 役

    ――今回の企画についての感想や印象を教えていただけますでしょうか。

    冴島一樹役・井伊筋肉さん(以下井伊筋肉):最初にこちらの企画を聞いたときに全4巻で謎が解明されていき、1つの作品になるのがすごく新しいなと思いました。
    そういった作品に参加させていただくのは初めてだったので、楽しく演じさせていただきました!

    ――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

    井伊筋肉:真面目すぎてぶっ飛んじゃいましたね、彼は。
    色んなところに真っ直ぐなキャラクターだったのですが、ヒロインをずっと見過ぎて他のものに価値を感じなくなってしまったタイプの子なんでしょうね。
    1つしか寄りかかれるものがなかったからこそこうなってしまった……というのを本人に言っても絶対に認めないとは思うんですけど!
    でも、そこが彼の強さでもあり弱さなのかなと思いました。

    ―今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか。

    井伊筋肉:台詞は「おいで、抱き締めさせて」ってところですね。お兄ちゃんっぽいなっていうのと、繰り返し出てくるんですよね。
    でも多分、自分が甘えたいからこそ出てきている言葉なのかなって思っています。
    抱き締めさせることで”自分が必要とされていることを感じたい”というのがすごく出ていたので、そこが彼の弱さの証明でもあるのかなと感じました。
    シーンの方はやっぱり病室で狂気的なものを覗かせたところです。彼の中で溜まっていた色んなものが爆発してしまったんでしょうね。
    信じて欲しいからこそ暴走してしまって、そこから真相がわかって落ち着いて……でも、”落ち着けずに暴走状態をずっと引きずったままエンディング”っていうのがあっても楽しかったのかなと思いました!

    ――聞きどころをぜひご紹介してください!

    井伊筋肉:最後のトラックはぜひ聞いていただきたいです。
    最初は全開で演技をしていたんですけど「徐々上げでお願いします」ということで、徐々上げで演じさせていただきました。
    ぜひジワジワと這いずるようなものを感じていただければと思います!

    ―演じる上で難しかった点や、ココに気をつけながら演じた、という点はありますでしょうか。

    井伊筋肉:兄であることを意識して演じましたね。
    女性としてヒロインを見ているんですけどどこか包容力があるところを大事にしてて、妹を導くという兄らしさっていうのを出せるようにできたらと思いました。
    物心がついた時からずっと一緒にいることもあって、無意識的に守らなきゃいけない存在として彼はヒロインを見ていますよね。
    なので、兄特有の柔らかさとかもすごく気を遣いながら演じさせていただきました。

    ――もし自分が刑事だったら、どんな捜査を行ってみたい(もしくはどんな事件を扱いたい)と思われますか。

    井伊筋肉:僕自身危険なところに飛び込むことが得意ではないので、もし自分が理想の筋肉を持っていたとしたら暴徒を取り押さえるところに行きたいですね。
    カッコよく犯人を羽交い締めにして捕らえたい、最前線で活躍したいです。
    “井伊筋肉”なので、体を鍛えて僕も頑張りたいと思います!

    ――冴島一樹になりきって、ヒロインに何か伝えるとしたら? ひと言お願いします!

    井伊筋肉:『ずっと一緒にいようね(暗黒微笑)』って感じですね!

    ――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

    井伊筋肉:最近腹直筋ではなく、上腕三頭筋に興味が出てきた井伊筋肉です。
    ぜひとも皆さんも鍛えてください……というお話はここまでにして!
    4巻から聴いて気になった方はぜひとも1巻から聴くとより世界観に浸れると思います。
    4巻で語られてきたシナリオの中で各登場人物たちがどのような動きをしているのか、時系列で考えながら聴くとサスペンス・ミステリ物としても面白いので聴いていただけたら幸いです。
    各特典もありますので、聴いていただければ各キャラクターの別の表情も見れますよ……!
    甘々だったりちょっとハードなのもあったりするので、ぜひともお気に入りを探していただければと思います。
    以上です。井伊筋肉でした!ありがとうございました!

スペシャル小説

  • 一課の狂犬 / 須田俊哉

     六本木にあるクラブのVIP席。殺人事件の容疑者は、そこで平然と酒を飲んでいた。

    「中田文也だな。逮捕状が出ている!」

     容疑者は女たちの肩を抱いている。そして彼の足の下にももうひとり、女が這いつくばっていた。

     逮捕状を掲げる上司の後ろで、須田俊哉は息を飲んだ。

     這いつくばっている女の顔が予想外に幼かったのだ。そして何か飲まされたのか、彼女は真っ青な顔で床によだれを垂らしている。

     少女のうつろな瞳と目が合った。

    「……足どけろ……」

     俊哉の声は届かず、容疑者は包囲する警察官たちに向かってわめき散らしている。

    「こっちは気持ちよく飲んでるんだ、邪魔するんじゃねえ!」

     踏みつけられて少女の顔が歪んだ。

    「ごちゃごちゃ言わずに今すぐその足どけやがれ!」

     俊哉が叫んだのと、男が立ち上がったのが同時だった。

     取り囲む警察官たちに緊張が走る。そんな中、俊哉は男の目の前にあるテーブルに飛び乗って――。

     気づいた時には殴りかかっていた。


     警視庁刑事部捜査一課 須田俊哉――。

     検挙率はナンバー1だが“狂犬”の異名を持つ問題児だ。


    「須田さん、また噛みついたんですか? 犬でももう少し賢いと思いますけど」

     行きつけのバー。若い女が革靴を慣らしてやってきて、俊哉の隣に座った。

     黒髪にパンツスーツ。鋭い輝きを持つ瞳。彼女は警視庁の監察官だ。

    「監察官サマがこんなところまでわざわざどーも」

     俊哉が皮肉を返すと、彼女はため息をついて続けた。

    「私がここへ来た理由、2回目だからもうわかりますよね?」

    「逮捕時にちょっと揉み合っただけだろ。よくあることだ」

    「よくあっては困ります! しかも今回は、抵抗されたわけでもないのにあんなに殴って……。明らかに問題です」

     マスターが注文を取りに来て、彼女は俊哉から目を離さないままウーロン茶を頼んだ。

     その目に押され、俊哉はしぶしぶ打ち明ける。

    「あんな状況で黙ってられなかったんだよ」

     脳裏には、少女の苦悶の表情が消せずに残っていた。

    「あんな状況?」

    「聞いてねえのかよ。ガキが足蹴にされてた……」

     彼女は初耳だという顔をした。

    「アルバイトの子たちが、現場のVIPルームにいたっていう話は聞いてますけど……。でもそれで? さっと手錠かければいいのに、つかみかかって容疑者をボコボコに?」

    「それは……」

     逮捕の手柄より、まずは警察官として弱いものの味方でいたかった。

    「刑事ドラマか何かですか」

     彼女が呆れ顔をしてみせる。

    「刑事ドラマをバカにすんなよ」

     何を隠そう俊哉は刑事ドラマの大ファンだった。

    「バカになんかしてません。でも逮捕時に犯人をボコボコにしちゃうのは、一課の須田俊哉と、刑事ドラマの刑事だけだと思いますよ? とはいえ最近はテレビドラマでも、そういう刑事は少ないかもしれませんね」

     そう言われて俊哉は思わず語りだす。

    「『あらくれ刑事熱血派』、あれが子どもの頃から好きなんだよ! 警視庁の熱血刑事が鉄拳制裁で嵐のように事件を解決する!」

    「鉄拳制裁って……、今の時代じゃ考えられませんね……」

    「そこがいいんだって!」

     熱弁を振るうと、彼女からさらに冷ややかな目を向けられる。

    「須田さんはその『あらくれ刑事』に憧れて、刑事を志したクチですか」

    「あー、それは……」

     一瞬返事に困った。そんなもんだと言って流してもよかったが、彼女にはウソをつきたくない気がして……。

     そこで俊哉は打ち明ける。

    「俺の親父も刑事だったんだ」

    「……!」

     思い当たる節があったらしい。監察官の表情が曇った。

    「監察官室にも殉職した警察官の資料は残ってるだろ。須田なんて名前の刑事は何人もいないもんな」

    「ではお父様の遺志を継いで、須田さんは……」

    「いや、そんな大層な志があるわけじゃないんだ。ただ……」

     オンザロックのグラスを覗き込み、俊哉は氷に反射する光をにらむ。

    「知りたいんだよ。刑事ってのが、自分の命と引き換えに打ち込むような仕事なのかどうか」

     言って一気に飲み干した。

     彼女の心配そうな視線を、頬のあたりに感じる。

    「……ああ、ゴメンな? 暗い話になっちまって」

    「いえ……!」

     彼女の方も気を取り直したように明るい声になった。

    「とりあえず今回の件について、事情はわかりました。須田さんは女の子への暴行を止めようとして容疑者を殴ったんですね? その事情を鑑みて、今回は規律違反には当たらないっていう結論になると思います。報告書を作るのは、まだ何人かに話を聞いてからですが」

    「そうか」

     穏便に済ませてくれるならありがたい。

    「ですが、あまり無茶なことをしていると、そのうち上から干されますよ? 須田さん、刑事としての腕はいいのにもったいないです」

     彼女のまとう空気が和らぎ、テーブルの上に置いたひじ同士が近づいた。

    「ハイハイ、気をつけます!」

    「ホントですか? どうせ口だけでしょう」

    「なんだよ、もっと俺を信用しろよ。俺とお前の仲なのに」

    「私と須田さんの仲ってなんですか?」

     彼女はクスクスと笑っている。笑う横顔が俊哉の胸の奥をくすぐった。

    「なあ、一杯くらい付き合えよ。バーに来てウーロン茶っていうのも味気ないだろ」

     手を挙げてマスターを呼ぶ。

    「マスター、ソルティドッグふたつ!」

    「私は結構です。どなたかのおかげでまだ仕事が残っていますので」

    「え、俺のせい?」

     肩をすくめてみせる、彼女の口元は笑っていた。

    「じゃ、お詫びにおごらせてくれよ。マスター、ソルティドッグふたつだから!」

    「もう、何企んでるんですか?」

     俊哉はテーブルの上にある彼女の指先に触れる。

    「あんた、いつもより柔らかい顔してるから……」

    「……から? なんですか?」

    「思い切って口説いてみようかと」

     目が合って、時間が数秒止まった。

    「前からあんたのことが気になってた」

     彼女がわずかに唇を動かし、なんともいえない表情のまま下を向いてしまった。

    「須田さん、私を口説くなんて人はだいたいが下心からです。本気にしないようにしてます」

     それはそうだろう。監察官は警察官たちを監視し、場合によっては処分を決める立場にある。近づいてくる相手を警戒して当然だ。

    「俺は監察官を抱き込んでズルしようとか、そういうタイプじゃない」

     すると彼女は少し考えるそぶりを見せてから笑った。

    「まあ、そうでしょうね。そういう計算高い人は容疑者をボコボコにしたりしません」

    「だろ? 俺はさ、強い女が好きなんだ。こんな時代になっても、女だてらにキャリアを築くのは大変だっただろ? それを顔に出さず気丈にふるまってる、そういうあんただから惹かれるんだ」

     視線が絡まり、俊哉は思いきってパンツスーツの太ももに触れる。

     彼女もその手を振り払ったりはしなかった――。


     翌朝、シティホテルの一室。俊哉が目を覚ますと、彼女はすでに昨日のスーツを着込んでいた。

     数時間前は腕の中で乱れていたのに……。その隙のなさに俊哉は思わず笑ってしまう。

    「何笑ってるんですか」

     彼女が振り向く。

    「悪い。あんたらしいなと思って」

     彼女は俊哉の視線をたどって自分の服を見下ろすと、小さく肩をすくめて笑った。

    「それにしても、まさか須田さんに口説き落とされるとは思いませんでした」

    「何、俺じゃ不満だったか?」

     俊哉がベッドで身を起こす。

    「いえ、警察関係者と不適切な関係を持ったのは初めてで……」

    「不適切……!」

     ずいぶんな言われようだ。俊哉としてはこれでも本気で口説いたのに。

    「昨日も言ったが、俺は関係を利用してあんたに便宜を図ってもらおうとか、そんな打算はいちミリもねーから。ただ純粋に惹かれてる。女として、人として、それから……」

     彼女のそばまで歩いていき、そのやわらかな髪に触れた。

    「同じ正義を貫く者として……」

     朝日の中、ふたりはじっと見つめ合う。


     捜査一課の狂犬・須田俊哉。若き監察官の貴女……。

     ふたりの関係を変える事件が起こるのは、これから約1年後のことだった――。

  • 窓際刑事と新しい風 / 一ノ瀬亘

     その日一ノ瀬亘は、警視庁内の別のフロアに書類を届けに来ていた。

    「ほら。電話で言ってた資料、こっちにあったから持ってきた」

    「わざわざすみません! 言ってくれたら取りに行ったのに……」

     以前部下だった年下の刑事が、恐縮しながら受け取る。

    「いや、暇だったからさ。散歩がてら」

    「暇って……。それ、大きな声で言わないでくださいよ? こっちはこの通り、みんなピリピリしてるんですから」

    「……だな、悪ぃ」

     亘は厚みのある肩をすくめてみせた。

     ここは捜査一課、強行犯捜査のフロア。警視庁刑事部の中でも捜査の最前線だ。優秀な刑事たちが日夜凶悪事件を追っている。

     亘にとってここは古巣だった。そして今亘のいる特命捜査対策室は、こっちで捜査しきれなかった未解決事件を送る窓際部署だ。

    (昔は俺もここでバリバリ働いてたなあ……)

     そんなに年月は経っていないのに、まるで遠い昔のことのように感じる。

    「一ノ瀬さんが戻ってきてくれたら、事件の捜査もはかどるのに……」

     受け取った資料を確認しながら、元部下の刑事がぼやいた。

    「一ノ瀬さん、戻ってきてくださいよ」

    「ははっ、ヤだよ俺は。もういいおっさんなんだ、強行犯追っかけ回す体力はねえって」

    「まだ30でしょう?」

    「33だよ」

    「年寄りぶるには若すぎるじゃないですか」

     そうかもしれない。でも……。

     心の古傷がじくりと痛む。いろいろあって、今さら花形部署に返り咲こうなんて気持ちは亘にはなかった。

    「あ、じゃあ、資料ありがとうございました!」

     元部下は上司に呼ばれ、自席へ駆け戻っていく。

    「ああ、頑張れよ!」

     亘はそれを見送った。

    「それにしても……。今日はずいぶんと騒がしいな?」

     フロアから耳に届いた声に意識を引き寄せられる。

    「逮捕状はまだ出ないんですか!? いったいどうなってるんですか。ぼやぼやしてたら犯人逃がしちゃいますよ!?」

     声の主は見るからに若い女性刑事だった。新人だろうか。それにしては強気な物言いだ。

    「そう熱くならないで落ち着いて。今手続きしてるから」

     そう言って彼女をなだめるのは白井修司。こっちは亘も知った仲だ。

    「そんなこと言って白井さん、呑気に珈琲なんか飲んでるじゃないですか! そんな暇があったら先方に催促してくださいよ!」

    「ずいぶん威勢のいいおじょうちゃんだな……」

     廊下から見ていた亘は呆気にとられてしまった。

     すると亘の視線に気づいたのか、白井修司が席を立ってこちらへやってくる。

    「一ノ瀬さん、お疲れ様です」

    「よお! おじょうちゃんから逃げてきたのか?」

    「見抜かれちゃったな、アタリです。一緒に珈琲でもどうです? 席じゃゆっくりお茶も飲めないから」

     修司は笑いながら自販機の方を目で示す。

    「そうか、若いののおもりも大変だな」

    「おかげさまで。けど、彼女はちょっと事情が違ってて」

    「違うというと?」

     亘はポケットのタバコを探りながら修司を見た。

     彼が答える。

    「彼女、キャリアなんです。だからまあ優秀なのは当然として、事件への執念も半端なくて。あれはきっと出世するんじゃないかな」

    「へえ……?」

     そう言われてもう一度フロアへ目をやると、彼女はすでに他の刑事と議論を戦わせていた。

    「キャリアか、なるほどなあ……」

    (元気なのはいいことだが……。ああいうタイプは優秀な分、ポキッと折れた時が大変なんだよな……)

     人材育成経験のある亘としては、彼女の目に見えない不安要素が気になってしまう。

    「自爆しなけりゃいいが……」

     つぶやくと、修司が振り向き怪訝そうな顔をした。

    「自爆?」

    「ああいや……なんでもねえよ」

     未来のことを、憶測で言っても仕方ない。

    「キャリアのおじょうちゃんによろしくな」

    「あ、珈琲は?」

    「すまん、俺はタバコが恋人なんだ」

     タバコを1本ケースから取り出し、廊下を引き返しながらヒラヒラ振ってみせた。

    (たぶん、これからも白井はあのおじょうちゃんに手を焼くことになるんだろうな)

     亘は彼に同情する。

     ところが、その半年後――。


    (なんでこうなった……!?)

     出世コースにいるはずだった彼女が、今どういうわけか、亘のデスクを手のひらで叩いている。

    「一ノ瀬さん! こんな重大事件を放置するなんて、何を考えてるんですか! すぐに捜査を始めましょう! そうじゃなくても未解決事件が山ほどあるのに」

    「んー……」

     亘は小指で耳を掻きながら、空になったタバコのケースをのぞき込んだ。

     ここは特命捜査対策室。第一線の優秀な刑事たちが捜査して、未解決のまま終わった事件が送られてくるところだ。言ってしまえば“特命捜査”とは名ばかりで、未解決事件の資料を整理、保管するのが主目的になっている部署なのだ。

     そんな中で真剣に捜査をしようなんて考えるのは、空気が読めない人間か、何も知らない新人だけだ。

    「それより、タバコ切らしちまったわ。買ってくる」

     亘が席を立つと、彼女が追撃する。

    「あっ! 昨日もそう言って逃げましたよね!?」

    「……そうだったか?」

     亘はわざととぼけてみせた。

    「もういいです! 冴島さん、この事件のことですけど!」

    「はい?」

     亘をあきらめた彼女は、今度はチーム内で一番真面目そうな冴島一樹に目をつけたらしい。

    「お願いします! この事件、一緒に捜査してください! 一ノ瀬さんじゃ頼りにならないので、私とバディを組んでほしいんです」

    「ああ、そっちは止めとけ。冴島は妹とバディを組んでんだ。名物兄妹バディの間には、誰も割って入れねえよ」

    「ごめんね、新人さん……」

    「そんなあ~……」

     あからさまに肩を落とす彼女がおかしくて、亘はつい笑ってしまった。

    「そう気を落とすなって! 未解決事件の捜査は一刻を争うもんでもねーしさ」

     笑いながら彼女の細い肩を揉む。

    「そんなこと言って一ノ瀬さん……、本当に捜査するつもりはあるんですか?」

    「あるよ」

    「本当に?」

    「え……? 本当だって……」

     恨めしそうな瞳がこっちを向いた。

    「でもまあ、まずはタバコだな。タバコ切らしちゃなんもできねえ!」

     もう一度行こうとすると、彼女がまた後ろから言ってくる。

    「いっそここ、禁煙にしません?」

    「ハアッ??」

    「タバコやめたら一ノ瀬さんも事件の捜査に集中できるでしょう?」

    「なんでそうなるんだ」

     半年前、強行犯捜査のフロアで彼女を見かけた時、亘もまさかこんなことになるとは思いもしなかった。

    (こいつが俺の部下になるなんて、一体どんな運命の巡り合わせだよ……)

    「えー、みなさんの中で、ここを禁煙にするのに反対の方は?」

    「コラ黙れ!」


     年上のダウナー系刑事・一ノ瀬亘。キャリア組女性刑事のあなた……。

     噛み合わないふたりの物語が今、始まろうとしていた――。

  • 愛と殺意、そして雨音 / 白井修司

     まだ日も傾かない夏の夕方、白井修司は早々と警視庁をあとにしようとしていた。

     退屈な事件がひとつ解決し、入れ違いに舞い込んだ新たな事件にも捜査のめどをつけ、この時間だ。

     ここのところ大した事件は起きていない。凄惨な殺人事件、社会の闇を映したような悲しい事件はいくつもあった。だが修司が手応えを感じるような、そんな事件はひとつも……。

    「白井、よかった! まだいた」

     フロアを出たところで、会議室から飛び出してきた須田俊哉に捕まった。

    「わりぃ! 手ぇ貸してほしい事件があんだわ」

     何も言わないうちにパチンと手を合わせられる。

    「例の事件? 思いのほか手間取っているみたいだね」

     俊哉は同じ一課の刑事で同期でもある。担当事件は違っても、お互いの状況はだいたい把握していた。

    「ああ。お前の手を借りなきゃなんねーような事件じゃなかったんだが……」

     彼が渋い顔をして続ける。

    「指名手配中の犯人がどこ探しても見つかんねえんだ。さっさと捕まえねえと、ヤケを起こして何しでかすか……」

    「なるほど。いいよ、早く帰ったってやることもないし。そっちの事件、暇潰しくらいにはなりそうだ」

    「そう来なくっちゃな!」

     二人はそのまま、事件資料の広げられた会議室に入る。

     基礎的な資料をピックアップしながら俊哉が説明した。

    「事件発生は2週間前。事件現場は練馬にあるマンションの一室。被害者は23歳のパート従業員。ホンボシはこの部屋の住人で、工場勤務の原田大輝。第一発見者は――」

     事件はマンションの一室で、若い女の刺殺体が発見されたというものだった。被害者は殺害される前『別れ話をしにいく』と友人に伝えており、部屋の住人である彼女の恋人――原田は次の日から行方不明になっているとのこと。現場の状況からいっても、犯人はその原田で間違いなさそうだ。

    「つうことで、犯人逮捕も時間の問題のはずだったんだが……。姿を消した原田が一向に見つからねえ。そこでお前の力を借りたい」

     俊哉の真剣な眼差しを受け、修司はテーブルの上の資料を見渡した。犯人像がわかれば逃亡先の目星もつく。

    「自分の部屋で殺し、遺体をそのままにして逃亡……。となるとバカか、相当な自信家か。或いは……」

     目の前に広がる情報のピースを、頭の中で組み立てていった。足りないピースを補い、可能性の高いいくつかのパターンを想定し、仮説を立て……。

     こうした思考実験を進める時、修司は会議室にいながらここにはいない。まず写真で見た事件現場に立ち、そこで見つけた顔のない犯人の顔を探っていく。

    「この手の男は気が弱く自信がないことが多い。ママが恋しくなって地元に向かうパターンか」

     つぶやいてから、俊哉が自分を呼んでいたことにようやく気づいた。

    「ああ、ごめん。つい考え込んでしまって」

    「いや。頭の中で犯人を追っかけてたんだろ? 今回は戻ってくるのが早かった」

     過集中は修司のクセだ。いつものことなので、俊哉もそれには慣れている。

    「早いっていっても、今回は単純な事件だから」

    「言ってくれる。こっちはその単純な事件に苦労してるってのに」

     俊哉が片頬を持ち上げて笑った。

    「で、ママが恋しくなって地元に?」

    「間違いないと思う」

     修司はうなずく。当然地元は洗ったと、居合わせていた別の刑事が口を挟んだ。

     だとしても修司の確信は揺らがない。

    「母親は原田の専門学校進学と同時に再婚してるね?」

    「ああ。その母親が、息子とは縁が切れていて、事件後も一切連絡はないと言ってる。ちなみにちゃんと裏も取ってるからな」

    「そう。それでも原田は、母親の所へ行っているはずだ。なぜなら……」

     修司が2枚の写真を引き寄せた。被害者の写真と、母親と並んで写る子ども時代の原田の写真だ。

    「このふたり、よく似ていると思わない?」

    「え……? そりゃあ親子だからな」

     俊哉が首をかしげた。

    「……そうじゃなくて、被害者と原田の母親。原田は自分を捨てた母親に執着している。だから恋人にも母親の面影を求めていて……」

     恋人を殺害したあと、やっぱりあの女は違った、と原点である母親の元へ戻ろうとしたはずだ。

    「きっとまだ母親のそばに……、おそらく手の届く範囲に潜伏してる」

    「修司が言うならビンゴだろう。地元、洗い直しだ!」

     俊哉が椅子に掛けていた自分の上着を取り上げた。


     事件解決はあっという間だった。

     原田は母親の勤務先から目と鼻の先にある、カプセルホテルに潜伏していた。

     母との再会のタイミングを見計らっていたようだが、それは叶わず。手錠をはめられることになったわけだ。

     俊哉とともにこちらへ来た、翌日のことだった。

     そして東京へ戻る車の中、修司は逮捕時の、原田の悲痛な叫びを思い返していた。

     ――愛していたから、失いたくないから殺したんだ!

     正直、理解に苦しむ。

     彼は恋人が、永遠に自分を裏切らないとでも思っていたのだろうか。母親にすら裏切られているというのに。

     母親の裏切りが、この事件の遠因であり根元の部分か。そう考えると、被害者は母親の代わりに殺されたのかもしれなかった。

    (……あ……)

     自分を産んだ母親の顔が浮かんだ。彼女は修司を捨てたりはしなかったが、十分な愛情を注いでくれることもなかった。

     ネオンの光る通りでタクシーを下り、修司は携帯電話を取り出した。

     不快なものが胸に渦巻いている。今すぐこのモヤモヤを……母親という存在の幻影を頭の中から追い出さなければならない。


     何度か使ったことのある業者に電話し、夜のホテルに女性を呼んだ。

     まだ待つだろうと思いウイスキーを入れていると、夜職にしてはずいぶん控えめな感じの女がやってくる。

    「ごめん。シャワーを浴びに行く前に、一杯だけ付き合って」

     相手に酒を勧めたのは初めてだった。たった一夜の相手に興味が湧くことはなかったのに、彼女は少し違った。

    「今日はお仕事でしたか?」

     言われた通りグラスを握った彼女は、おずおずと聞いてくる。

    「そう、ひと区切りついたんだ。そんな日はよくこんな気分になる」

     それから他愛もない会話を交わした。

     あまり感情の見えない彼女が、それでも真剣に話を聞いてくれているのがわかった。

     不思議な女だった。特別なものは何もないのに、一緒にいるとどうしてか心穏やかになれる。

     修司は自分のグラスへ無意識にウイスキーを注ぎ足そうとして、その手を止めた。

     これ以上話をして、お互いを知ってどうするんだ。たった数時間の付き合いなのに……。

     グラスが空くのを見計らい、彼女をバスルームへと送りだした。

     かすかに響き始めるシャワーの音を聞きながら、修司はベッドに横たわる。

     思考は数時間前に戻っていく――。

    (愛していたから、失いたくないから殺した?)

     失うことを恐れて殺すというのは、論理的に矛盾していると思った。彼は自分の意に反する行動を取った恋人に腹を立て、殺してしまっただけだ。そう、ただの怒り……。

     体の一部だと思っていたものがいうことを聞かなくなれば、誰だって苛立ちを覚え、かんしゃくも起こす。それだけだ。

     けれども愛と執着とは紙一重であり、裏切りは殺意を呼ぶ。そのことは修司も感覚的に理解している気がした。

    (こんな単純な事件に何がある。考えたって無駄だ……)

     無機質な天井を眺めるうちに、まぶたが重くなる。

     遠くで雨音が響いていた。

     ……いや、あれはシャワーの音だ。

     現実という足場から、意識が崩れ落ちていく。


     闇をまとう捜査一課の切れ者・白井修司。彼と出会ってしまったあなた……。

     ふたりの行き着く先に、幸せな未来は存在するのか。

     物語は夢の中から始まる――。

  • 兄妹の枠 / 冴島一樹

     初々しい制服姿の新人警官たちが、緊張の面持ちで警視庁の門をくぐる。

    「新人が来るのって今日だったか」

     捜査一課・特命捜査対策室の冴島一樹は同僚のその声を聞き、ロビーの中央に目を向けた。

    (あ……)

     内勤の職員たちに出迎えられ入ってくる新人たちの中に、愛しいひとりを見つける。一樹が黙って見つめていると、同僚が肩に手を置いて耳打ちした。

    「……冴島ってああいう子がタイプか? 確かに感じがいいよな。どこに配属されるんだろう?」

     警察は、男女比でいえば圧倒的に男性の多い職場だ。同僚が若い女性警官の配属先を気にするのも仕方ない。

    「彼女、一課を希望しているみたいだよ。若い女性にお勧めできる職場でもないけどね」

     一樹は肩をすくめて答えた。

    「え、知り合い?」

    「ごく簡単なプロファイリングだ」

    「出たよ、冴島得意のプロファイリング!」

     一樹の専門はプロファイリングだ。若いながらも一課の中で随一といわれている。

    「あの横顔、まっすぐな視線。意思の強さがにじみ出ている。制服もしっかり体の線に合っている。あれは自分で仕立て直してるな。支給品とは腰のラインが微妙に違うだろう? そういうところに気を配るのは、完璧主義な人間の傾向だ。女性だから細いけど、筋肉のバランスもいい。警察学校での成績もきっとよかっただろう。首席かそれに近かったに違いない。そういう人間は十中八九、エリートコースである一課を希望する」

     そんな一樹の分析に、同僚は低く感嘆の声をあげた。

     一樹は女性から彼に視線を戻し、小さく笑う。

    「というのは冗談で、彼女、僕の妹なんだ」

    「……へっ、妹?」

    「そう、妹。だから所属の希望は本人から聞いてる」

     妹――。一樹のその説明にウソはなかった。けれど本当はカッコつきの“妹”だ。

     妹は養女だったのだ。

     十数年前、彼女がもらわれてきた日のことをよく覚えている。

     幼いながらも可憐な彼女の姿に、声に、一挙手一投足に、一樹は一瞬にして心奪われた。

     不安に揺れる瞳を見て、思わず小さな手を取った。

    「今日から僕がお兄ちゃんだよ。君のことは僕が守る」

     おずおずと握り返してくる小さな手のやわらかさに、幼かった一樹の心は甘く痺れた。

     兄と妹は出会ったその日、かけがえのない相手を手に入れた。

     計算外だったのは警察官になった一樹のあとを追い、妹が同じ警察の道を志したことだった。あんなに儚げだった妹が、まさか警察官に……?

     一樹もはじめは止めようとした。警察組織で生きる厳しさは自分自身がよく知っているし、何より大切な妹を危険な目に遭わせたくなかったからだ。

     けれども妹の意思は固かった。

     結局折れて採用試験の勉強を見てやったけれども、妹が警察官になったことには未だに戸惑いがある。

    「妹が同じ警視庁勤務だなんて、僕としては頭が痛いよ」

     一樹は同僚に、冗談めかして言ってみせる。

    「でも妹、可愛いよな? なあ、カレシとかいんの?」

     同僚が声をひそめて聞いてきた。

    「妹にちょっかい出したら殺すよ?」

     一樹は笑いながら同僚の腕をつかむ。

    「痛ッ!? おい、本気で痛い」

    「ああ、ごめん」

     妹のことは自分が守る――幼い時に決めたその誓いは、今も一樹の心の中で生きていた。


     それからしばらく――。

    「妹が特命に配属ってどういうことですか!?」

     上司である一ノ瀬亘を会議室に呼び出し、一樹は会議テーブルを両手でたたく。

    「情報が早いな。どこで聞いた?」

    「情報源なんてどこでもいいでしょう! 僕抜きで妹のことを決めるなんて……。他から押しつけられたなら、一ノ瀬さんもちゃんと断ってくださいよ!」

     普段は温和といわれる一樹も、これには黙っていられなかった。妹が一課への配属を希望しているのは知っていたけれど、まさか自分と同じ特命捜査対策室だなんて。

     それは特命は一課の花形・強行犯捜査係に比べれば暇な部署だし、凶悪犯と直接渡り合うことも少ない。それでもやはり犯罪捜査を担当することには変わりなく、いざという時は危険の中へ自ら飛び込むことも必要だった。

    「別に押しつけられたとかじゃない」

     亘はタバコの火を揉み消しながら答える。

    「お前さんの妹は優秀だ。そして自ら進んで特命を志願した」

    「どうせ兄貴がいるからとかそんな単純な理由でしょう……」

    「未解決事件を追う兄を助けたい。自分にはそれができる。そういうことはちらっと言ってたな」

    「止めてくださいよ! 僕は彼女を危険な目に遭わせたくない! 今からでもどこか内勤に回してください! 内勤じゃなくても、女性が危険な目に遭わずに済む部署に」

    「お前なあ、いくら兄貴だからって、本人の意思を無視して配属先は決められねえぞ?」

     亘は呆れたように息をつき、立ったままでいる一樹を眺めた。

    「妹は大人だ。お前が妹離れしろ」

     上司はそうきっぱりと告げる。

    「そんな……くそっ!」

     一樹はもう一度テーブルをたたき、会議室を飛び出した。

     今の亘の口ぶりじゃ、すでに彼は妹の味方だ。妹は兄の反対を見越し、亘を味方につけようと動いたに違いない。

     署内の心当たりを探し、妹をすぐに見つけることができた。階段の踊り場で手首を捕まえ、一樹は思いをぶちまける。

    「どうして特命なんだ!? なあ……僕は君を失いたくない! 頼むから危ないことはしないでくれ、本当に頼むから……」

     人目もはばからず、彼女の手の甲に唇を押し当てた。

     けれども妹は首を横に振る。

    「お兄ちゃんが危険な目に遭うんじゃないかって、怯えて暮らすのはもうイヤなの。だったら私は、お兄ちゃんの一番そばで働きたい。だから警察官になった」

    「……っ、なんで。そんなこと、今までひと言も……」

     妹からの突然の告白に驚く。

     幼い頃つないだ手と手は、今もつながれたままだった。本当の兄妹じゃないからこそ一樹はその手を離せない。強すぎる想いのせいで、ふたりの未来ががんじがらめになっていくのを感じながらも……。

    「はぁ……」

     一樹は意を決して妹の腕を握り直す。

    「わかったよ、だったら君のバディは僕だ。それ以外は許さない」

     握ったこの手を離さない――。幼い日の出会いから十数年、一樹はもう一度それを心に誓った。


     事件を解決して戻ったふたりを、特命捜査対策室の仲間たちが出迎える。

    「お疲れサン!」

    「冴島兄妹、すごかったな! ふたりの連携プレーには誰も敵わないよ」

     数時間前、追い詰められた犯人が民家に立てこもってしまった。それを解決したのが一樹と妹の兄妹タッグだった。

     一樹のプロファイリング能力で犯人像を掘り下げ、妹がそれをもとに熱心に容疑者を説得。怪我人を出す前に、容疑者をパトカーに乗せることができた。

    「なあ、今日くらい乾杯しようぜ? 一ノ瀬さんの奢りで!」

    「おい! 人の財布当てにすんなよ」

     開放感からか、すでに仲間たちはお祭り気分だ。そんな中、一樹は亘の席へ向かう。

    「バディの件、無理を聞いてくださってありがとうございました」

     亘は困ったように頭を掻いた。

    「いざという時に冷静な判断ができないから、兄妹でバディを組むなんてこと、普通は許さないんだがな……」

     そう言ってはじめは反対されていた。

    「けど、結果よければすべてよし、ってことでお前たちをバディにしてよかったよ。警視庁初の兄妹バディ誕生だな」

     それから一樹が振り向くと、同僚がどさくさに紛れて妹を食事に誘っている。

    「ちょっと。妹にちょっかい出したら、ただじゃおかないって言ったよね?」

     ふたりの間に割って入っていく一樹を見て、亘が笑った。

    「やっぱまだ妹離れはできてなかったか……」

     亘は適当な未解決事件の資料を取り、一樹に押しつける。

    「ほら、兄妹バディ。次の仕事もよろしく頼むな」

    「この事件ですね。わかりました。早速捜査にかかります」

     一樹としては、同僚に絡まれるより妹と仕事した方がマシだ。

    「飲みはまた次の機会に」

     そう言って妹の手を取り、特命捜査対策室から連れ出した。


     妹を愛しすぎるプロファイラー・冴島一樹。その妹のあなた……。

     兄妹バディが兄妹の枠を越えてしまう、その瞬間はすぐそこだった――。