大人の夏休み3 大人の夏休み3

[ スペシャル ]

キャストインタビュー

猿飛総司さん / 武正義和 役

矢印

――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!

――猿飛さんは『大人の夏休み』シリーズ初参加となりますが、この企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。

有名なキャストさんがたくさん出ているなというイメージだったので、自分も入れていただいて光栄でした。キャストの皆さんで同じ『大人の夏休み』という世界を作ってきているところを自分が崩すわけにはいかないので、想いやこれまでの作風をスタッフさんともしっかりと共有して、同じ世界観でいいものが作れればいいなと思いました。


――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

義和は面倒見のいいお兄ちゃんで、僕も田舎出身なので分かるんですけど、こういう人って本当に田舎にいるなと実在性を感じました。僕だったらちょっと遠慮してしまうくらい面倒見の良い人だからこそ、救ってくれる人も救われる人もいるという魅力があると思いますね。


――武正義和を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

義和は僕の人間性とは真逆の人間ですね。スタートのシーンも職務外のところで声を掛けたりしていて、根っからの正義感みたいなところは、やっぱり作っていく上では自分と真逆のところにもっていくのが難しかったです。根が暗い人だと全く違う人になってしまうと思ったので、とにかく根っからの兄貴分というか、人に声を掛けたくて掛けている・人が好きという部分は大事にしようと思いましたね。なので結構難しいところが多かったです。“分かりやすい人”という意味では演じやすかったですね。


――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

「とりあえず生ビール」ですね。僕がお酒を飲めないというのもあり、この台詞を結構練習しましたね。台詞として言い慣れていないといけないので、似たような言葉をサラッと言える人を参考にして、しっかりと作り上げようと思いました。なので「とりあえず生」ですね。義和が、何も言っていないのに勝手に人の飲み物を「じゃあとりあえず生ビールで」って言おうとするところは「こういう人、実際にいるな」なんて思いました(笑)


――今作の舞台「みさき町」は閑静な田舎町ですが、田舎にまつわる思い出がありましたら教えてください!

特典で、コケちゃって泥まみれになる、なんてシーンがありましたけど、僕は田舎出身で田んぼのあぜ道みたいなところが通学路だったので、よくドブや田んぼには落ちていましたね。小学校の頃はドブや田んぼに望んで入ったりもしていました。思い出と言うなら、よく水筒にオタマジャクシを入れて通学していました。オタマジャクシがそこらじゅうの田んぼで簡単にすくえるんですよ。行きで水筒にオタマジャクシを入れて、学校で蓋を開けて、オタマジャクシを見て、蓋を閉めて、帰りにオタマジャクシを放すみたいなことをやっていました。


――「夏といえば」なものや人、エモい出来事などは何かありますか?

お話の中で夏祭りのシーンがあったので、自分が小学生の頃に行った夏祭りのことを思い出しました。途中でお腹が痛くなってしまいトイレに行ったんです。でも数が少なくてものすごい列ができていて、1時間待ちくらいの中、満身創痍で並びました。ようやく入れたと思いきや、個室内の電気が切れていて真っ暗だったんです。スイッチがどこにあるのか分からなくて探していたところ、後ろに並んでいた、娘さんを抱えたおばちゃんから「早くしてよ」と睨まれてしまい……。電気をつけずに真っ暗なまま急いでトイレを済ませました。僕もつらいけど抱えられた娘さんもつらかったと思います。娘さんを守ろうとしたおばさんの心のエモさということで……どうでしょうか……。


――義和とヒロインの二人へ向けて、何か言葉をかけていただけますでしょうか!

お酒を二人で楽しく飲んでほしいですけど、甘いお酒を飲んでいるのをそんなに子供っぽいと思わないほうがいいんじゃないですかね、今の時代! 義和は彼女にビールを強要しないであげてください。


――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

猿飛総司として、『大人の夏休み』という長く続いているシリーズに入れていただいたのがすごく光栄です。シリーズに対しての期待も絶対あると思いますし、そもそも3rdシーズンが決まったことを皆さん楽しみにされていると思うので、3rdシーズンの第1弾ということで華々しくスタートできるように、根っからの明るい男を演じました。ぜひ気持ちよく楽しんでくれたらいいなと思っております。

冬ノ熊肉さん / 飯田裕一郎 役

矢印

――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!

――冬ノ熊肉さんは『大人の夏休み』シリーズに全作出演いただいておりますが、今回第3弾の印象や感想を教えていただけますでしょうか。

前作・前々作とは違い、ヒロインと元から面識があって、彼女が都会から地元に帰ってきて再会するのではなく、裕一郎の勤め先に赴任してきて初めて出会うので、勝手ながら『大人の夏休み』シリーズの中で、関係値がある程度大人になってから始まったというのが新鮮でしたね。だからこそ、ヒロインは教育実習生なので若いとはいえ、ある程度年齢を重ねてから出会って積み上げる関係値と、一旦距離が離れてしまったときの関係性、というバランスは考えながらやらせていただきました。


――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

良くも悪くも真面目で、本編で彼のそういう面がよく出ています。シーンの最初の方でヒロインとすれ違いが起こるのも、彼自身がすごく真面目で相手のことも想って言っていたんだと思います。やんちゃな生徒たちにも基本的には声を思いっきり荒らげることはなく、教師として・先達として・大人として導いていく、不器用ながらも真っすぐぶつかっていくところが魅力かなと思いました。


――飯田裕一郎を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

裕一郎はすごく真面目な男性で、数学と体育を担当しているところに見合った体格の良さはありながらも、台詞としては気取らないところを心がけました。難しかった点で言えば、一度思いを打ち明けられた後、一度微妙な距離感になってしまうシーンです。彼は大人なので、あからさまに「気まずいです」というのを出す年齢でもないのですが、本人が「敬語にしよう・敬語ならこの距離感だな」と考えている頑ななところもあるのでその塩梅や、想いが通じ合った後、同僚という距離感から、恋人関係が進んで男の子みのあるところを少しずつ出していく部分のバランスは考えていましたね。今までの『大人の夏休み』は、幼馴染などの近い関係性だからこその、想いが通じ合った後の距離感の難しさがありましたけど、今回は一人の大人同士としてのやり取りからの距離の近づき方だったので、違いを上手く表現できていればいいなと思います。


――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

印象に残ったシーンというか、裏側も気になるなというシーンが、やんちゃな生徒たちとひと悶着あった後ですね。ヒロインがみさき高校に赴任してきて臨時の養護教諭として働き始めてちょっとしたくらいだと思うんですけど、裕一郎が保健室にちょっと凹みつつ入っていくシーンです。お互いに素直になり切れず自分の気持ちをごまかしたり、そんな姿にドギマギさせられて少し荒っぽくばんそうこうを貼ったりというような、大人同士の微妙な距離感が出ています。意外と裕一郎の誤魔化し方が学生みたいで、二人の学生時代を知らない分、プチ学生のような空気感を感じて印象に残りましたね。このシーンに至るまでに、裕一郎は膝をすりむいて口が切れて血が出ているので、不良たちがどうなったのかも気になります。私は色々と資料をいただいていますが、皆さんは『裕一郎がここまで怪我をしているなんて何があったんだろう?』という想像ができて面白いのではないでしょうか。


――ちなみに、裕一郎が怪我をするまでの不良との一幕は、雑誌「SweetPrincess vol.42」に掲載するSSで読めます!

ということです、皆さん! 読めるそうです!


――今作の舞台「みさき町」は閑静な田舎町ですが、田舎にまつわる思い出がありましたら教えてください!

私自身が田舎でも都会でもないという場所に住んでいたので、田舎と呼ばれる場所は、家族旅行などで出向くことで経験することが多かったんですけれども、子供の頃にアクティビティでイワナのつかみ取りをやったことがあります。川の中に専用のスペースが作られていて、自分で捕まえた川魚を焼いて食べた記憶は、あの時の味と風景含め、まだ残ってますね。小学生低学年くらいだったと思います。


――裕一郎とヒロインの二人へ向けて、何か言葉をかけていただけますでしょうか!

二人の関係において、私が心配することは全く無いと思っているんです。きっとこの二人は仲睦まじく日々人生を共に歩んでいくと思うんですけれども、裕一郎さんはちょいちょい大人げなく嫉妬もしますし、ヒロインちゃんはちょいちょい大胆な行動に出ますので、その辺を暴走しないようにね。というところでしょうか。


――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

早いもので『大人の夏休み』も3シリーズ目ということで、一番最初のシーズンから気が付けば皆勤賞として出演できたこと、本当にありがとうございます。シーズン1、シーズン2から舞台が変われば、耳に感じるSEの雰囲気や場所の雰囲気も違ってくると思いますし、なんとなく脳裏にイメージできる風景だったり匂いだったりも全く違ってくると思います。これまでと違った二人の関係性を私も色々と想像しながら楽しく演じました。皆様も新しい舞台、新しい関係の『大人の夏休み』を楽しんでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


茶介さん / 大林将樹 役

矢印

――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!

――茶介さんは1作目の『大人の夏休み』にご出演いただき、久しぶりの『おと夏』となりますが、今回第3弾の印象や感想を教えていただけますでしょうか。

世界観がずいぶん固定されているなという印象でしたので、ひとつの小さい町の中での話で、他のキャラクターとの関わりが面白さの一つではないのかなと思いました。


――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

キャラ自体はすごく単純明快で、動かしやすいキャラだと思いました。価値観がはっきり分かっている人なので、上手くストレートに出せれば面白くなるだろうなと思いながら演じました。


――大林将樹を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

将樹の単純で猪突猛進なキャラクターは、一人芝居になるとどこまで動かしていいかというところがあり、そのバランスが難しかったですね。かなり尖っている人ではあり、一言で言うと昭和の人間の匂いがする人なので、ずっと一人で空回っているんじゃないかと思われないように意識しました。基本ヒロインとのやり取りしかないので、ヒロインとのやり取りの中で、将樹が考えに思い至ったり気付いたりする部分が上手く入ればと思って演じていました。


――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

ピンポイントではなくお話全体のことになります。将樹はバカなんですけど頭が悪いわけではなく、やっぱり勉強もしてるし、時代の流れも感じているんですよ。ただ、自分の価値観や育ってきたもの、自分の町に対する愛着の方が強く出ていて、だからこそ変えられない部分を自分でも自覚していたのがヒロインの存在だと思います。「変わっていかなきゃいけない」と将樹が思っていくところが、彼自身にとっても少し人生の切り替えと言うか分岐点と言うかに、このお話自体がなっているんじゃないかなと思いました。


――今作の舞台「みさき町」は閑静な田舎町ですが、田舎にまつわる思い出がありましたら教えてください!

母方の実家が愛知だったんですけど、普通に川でヒルが泳いでいました。周りが田園だったので農家さんの用水路がたくさんあったんですが、雨の日に行くとヒルがガンガン泳いでいて、絶対に落ちたくないなと思っていました。東京ではなかなか見られない光景だったなと思います。


――将樹とヒロインの二人へ向けて、何か言葉をかけていただけますでしょうか!

彼が中心になって色々と動いていくことになるとは思うんですけど、二人だけの問題ではなくなる部分も多いので、とにかく『頑張ってください』でしょうか。結局お互いまだ何もスタートしていない状態なので、これから色々あるでしょうが、というところですね。幸せになってください!


――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

やっぱり自分の生まれ故郷とかそういうものがある人にとっては、自分の生まれ故郷がいつまでも続いていくものだと思う部分があると思います。ただ実際のところは、町ってのが今のこの時代だと無くなったり統合されたり、開発されることで自分の知ってた町ではなくなってたり、というのがこれからどんどん起こっていくかもしれません。全員が将樹みたいに直接町づくりに関われるわけではないでしょうけど、このお話は、故郷との、言ってしまえば自分のルーツとの関わり合いって何だろうなって少し立ち返って、生まれ故郷の姿をなんとなく大事なもの、大事な思い出として持てるといいですね、という内容だと思いました。この作品をきっかけに、最近実家に帰ってないなということであれば、ちょっと振り返ってみて、故郷を大切に感じていただければ嬉しいなと思っております。


彩和矢さん / 美咲亮平 役

矢印

――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!

――彩さんは『大人の夏休み』シリーズ初参加となりますが、この企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。

『大人の夏休み』ということで、なんとなく夏の話なんだろうなということは分かるのですが、『夏休み』に『大人』という言葉がつくことがなかなか無いと思うんですよね。『夏休み』というと学生さんや若い方の印象があるので、昔を思い出し懐かしい印象でした。今作はシーズン3とのことで、長いシリーズに入れていただけたのは本当に光栄で、とても楽しかったです。


――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。

まずは顔面力が強いことですよね。もう素晴らしいですよね。僕が最初に台本をいただいたときに「顔、強~い」と思いました。素晴らしいビジュアルですよね。身体つきもいいし、目から溢れるミステリアスな感じや、ちょっとクールな感じは魅力かなと思います。にじみ出る、僕が語るまでもないような魅力を持っているキャラクターだなと思いました。


――美咲亮平を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?

先ほど申し上げた通り顔のインパクトがかなり強いのですが、でも亮平君はそれをなんとも思ってない、自分の顔がいいとは思ってないキャラクターだと受け止めています。思っていたとしても前面に出すようなタイプではないと思います。僕がイケメンを演じようと思うと、どうしても気持ちが前に出てしまうことがあるので、イケメンイケメンしないように、亮平は自分の人生を生きている、という点を心がけて演じました。でもイケメンじゃなくなったり、「全然顔と違うじゃん」と思われたりしても困るので、バランスに気を付けていましたが難しかったです。演じやすかった側面ですと、意外と正直で真っすぐなところがあり、抱えているものの大きさはあれど、しっかり言葉を尽くしてくれるタイプだったので、その点は非常に演じやすかったかなと思いました。

また、今は東京という都会の地に住んでいるんですが、僕の実家はすごく田舎にありまして。なのでこの作品の「閑静な田舎町」というイメージはスッと降りてきました。僕も少し行ったら都会みたいなところに住んでいたので、登場人物たちの気持ちが分かるなというのがありましたね。僕も若いうちに地元を出て行ってしまっている身なので「そうか皆よくあることなのかな」と思いながら、すごく演じやすかったですね。


――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!

やはりどの作品においても同じだと思いますが、ヒロインとはどういう風に結ばれるかという部分ですね。この『大人の夏休み』という作品においては、色々ある町の背景が明らかにされるシーンがあるんですけれども、そのトラックが始まる前に僕も「よし行くぞ」という思いがあったので、その点においては亮平君と近いところを僕の中に感じてすごく印象に残っています。僕が意気込んだシーンは「あ、ここかな」と気付いていただけると思いますので、ぜひぜひ聴いていただきたいなと思っております。亮平君は普段あまり感情を出しすぎないのですが、もっと出そうと思ったら出せるし演技ももっと大きくするのもありかもしれないとは思いました。でもやっぱり彼なりの出し方はこれくらいかな、という演じ方になりましたので、ぜひ聴いてもらいたいと思っています。


――今作の舞台「みさき町」は閑静な田舎町ですが、田舎にまつわる思い出がありましたら教えてください!

家に虫がいっぱい出るくらいですかね。遊ぶところが田んぼしか無くて、僕が田んぼでザリガニをすくうために下を向いたら、背負っていたランドセルが開いて、中身が田んぼに落ちてしまったことがあります。家に帰ってお母さんにブチ切れられましたね(笑) 僕ではなく教科書などの心配が先でした。


――亮平とヒロインの二人へ向けて、何か言葉をかけていただけますでしょうか!

僕は演じるときに「人生を貸してもらっている」と思って演じています。今こうして話しているタイミングでは、亮平君はヒロインとともに飛び立っていって、僕は彩和矢に戻っているわけですが、やはりこれまでの過程を僕が一緒に歩ませてもらったことで自分のことのように考えてしまうところがあるので、亮平君とヒロインにはとにかく幸せになってほしいです。将来を本当に幸せに明るく、素敵な人生を歩んで行ってもらえたらいいなと思っております。頑張ってください!


――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!

美咲亮平役の彩和矢と申します。夏休み、みなさんはどれくらい前ですか? もちろん会社員でも夏休みはあるかと思います。そんな夏のエモい瞬間とか、夏の空気感とか、夏の匂いとか、そういうものがすごく詰まっている作品になっていると思います。夏にフォーカスを当てる作品はそんなに多くないと思いますので、毎年夏に聴くのもいいですし、もちろん冬の時期に聴いて夏を思い出すのもいいのではないでしょうか。ぜひ亮平君に何度も会いに来て、夏をたくさん感じていただけたらと思っております。


スペシャル小説

この町のお巡りさんとして / 武正義和

矢印

「──じゃーな、もうすんじゃねーぞ! 本当に危ねーんだからな!」

 担任の先生に連れられて、おとなしく家路につく悪ガキどもの背中に声をかける。

 ガタイの良い飯田先生の隣では静かにしていたものの、「覚えてろよ」とでも言いたげな、挑発的なオーラが立ち昇っていた。

「ったく……ほんとにわかってんだか」

 先程とは打って変わって静かになった駐在所の前で、ひとり呟く。周囲は虫やカエルの鳴き声で賑わっている。

 玄関の縁石に腰掛けて一息つく。高校生たちのイタズラの後始末で、先生が来るのを待つうちに、すっかり夜になっていた。

 そろそろ退勤にするか、と思いながら立ち上がると、駐在所の前の道を駅方向に歩く人影が見えた。暗くてよく見えないが、一見して女性のようだ。

「こんばんは。こんな時間に外出? 買い物とかじゃなさそうだけど」

「……何?」

 見るからに面倒くさそうな目つきで返答する、見慣れない女の子だった。

 街灯に照らされて、気の強そうな顔立ちが見て取れる。いかにも都会的な雰囲気が漂っていた。

「いや、ただ心配して。この町は夜遅くなると交通手段が少なくなるから」

「……私、悪いこととかしてないけど」

 彼女は凛とした声でそう続けた。長い睫毛の奥から、真っ直ぐに俺の目を見据える瞳が、強く光って何かを訴えていた。さっき見送った不良たちにも似た、胸の内に燻る炎のような光だ。

 この瞬間、何かが変わった。彼女の瞳に射抜かれ、俺は自分に今何が足りないのかを実感した。

「わかってる。ただ、この町は夜が早い。都会と違って、夜遅くなると人通りも少なくなるんだ」

 彼女は少し目を細めて、俺を見つめる。

「そうですよね。あまり来ないから、忘れてた」

「おっ、何度か来てるのか? ここ、星空が綺麗だよなあ。キャンプのお客さんとかけっこう来るみたいなんだよな」

「星空は確かに綺麗ですね」

「だろう? この町には悪くないところも多い。君がそれを見つけられるといいな、と思って」

 咄嗟にそんな事を言っていた。今日一日中、高校生の不良たちと喋っていた影響か、つい同じように助言してしまった。

 ――だが、彼女の目には、わずかに笑みが浮かんだ。

「ありがと。そんなこと言う人、この町にいたんだ」

「どういたしまして。最近配属されたばっかりでさ。もし何か困ったことがあれば、駐在所はここだから──」

「わかりました。それじゃあ、おやすみなさい」

「あ、ああ。おやすみ」

 彼女は俺の言葉を聞き終えるより先にそう言うと、何かを諦めたようにふいと目を逸らし、早歩きで去って行ってしまった。

 ……余計なお世話だったかもしれない。気に入られることが目的じゃなかったが、確かに上から目線であんな風に言われたら、多少不快に思うのも無理はないか。

 自分の遊んでいた頃を思い出して助言したつもりだったが、不良たち同様、若い身空からすれば大人の助言なんて面倒なだけ、だよな。

「……まぁ、跳ねっ返りには慣れたもんだけどな」

 一人つぶやきながら、俺は彼女が去っていった方をしばらく眺めていた。

 暗がりだったけど、あの瞳の光に射抜かれたような気分だった。自分とそう離れた歳ではなさそうだ。狭い町だし、また会えるだろうか。もし今度会うことがあったら、なんて声をかけようか。

「また会いたいなんて、青春真っ盛りのガキかよ」

 静かに光る星空を見上げる。駐在として住民を心配しているだけなのだと自分に言い聞かせても、彼女の瞳が、暗がりの中笑ったほんの一瞬が、脳裏に焼き付いて離れなかった。こんな事で期待してしまいそうになるのは、赴任してきてから色恋沙汰に疎遠になったからだろう。

 そこまで考えて、俺がさっき足りないと思ったものにふと気づく。もしさっきの女の子や不良高校生たちのような、この町の若い人が同じ思いなら──俺にできることがあるはずだ。


「お前たちだって、青春したいよな!」

 ここにはいない、女の子や不良高校生たちに向かって声を上げる。そうと決まれば、さっさと日報を書きに駐在所へ戻ろう。その後は、腹ごしらえだ。

 「青春」するなら、あいつらに負けないくらい元気でいなくちゃならないからな。

この学校の先生として / 飯田裕一郎

矢印

 額に汗がにじむのを感じながら、渡り廊下を歩いていく。

 気温は高いが、時折吹いてくる風が浮かんだ汗を冷やしてくれていて、不快感はあまりなかった。

 今年もまた、夏が近づいてきていた。

 とはいえ夏休みはまだまだ先のこと。授業は当然通常通りに行われているというのに……

「……あいつら、見つからないな」

 探しているのは、授業に出ていない数人の生徒たちだ。いつもつるんでいる、ヤンチャな格好をした、俗に言う不良と呼ばれる生徒たち。

 授業のない時間に通りがかった教室内に、あいつらの姿がないことに気づいて、見回りも兼ねて学校全体を歩き回っていた。

 他の生徒から聞いた噂では、今年町に赴任してきた駐在の武正さんに、何やらちょっかいを出しているなんて話もあった。

 「本当に悪い奴等なら、警察官に近づこうとは思わないだろう」なんて、先輩の教員からは言われていたけど。


 結局、学校を一周したが、あいつらの姿はどこにも見つけられなかった。気づけば俺は、空き教室ばかりの校舎の端の渡り廊下に来ていた。

 ──教育実習生だったある女性から告白されて、その場で断ってしまった廊下。俺はここを通るといつも、あの日のことを思い出してしまう。


『……俺みたいなしがない新任教師より、君にはもっと相応しい相手がいると思うんだ。だから……』

 あの日俺は、つまらない言い訳を並べて、その場を収めようとした。本当は、彼女の仕事へのひたむきさや、生徒に向ける優しい眼差しと言葉、可憐な笑顔……全てに惹かれていたのに。教師という立場から、もっともらしい文句で、彼女の想いを拒絶した。

 そうしなければ、きっと受け入れてしまっていたから。そうなる自分が、怖かったから──俺は逃げたんだ。


「いつか、思い出になるのかな……」

 ジジジ……と、あの日と変わらない蝉の鳴き声が響く。彼女が教育実習で来ていたのは、4年前。それなのに俺はまだ、4年前のあの日を過去にできず、こうして夏が来るたびに思い出しているのだ。

 一言で言えば、勇気がなかったんだ。彼女のことを受け入れる、その勇気が。

 なのに結局、こうして夏になると、彼女のことばかり思い出している。

「あついな……」

 つぶやきながら、顔に流れる汗をぬぐう。ジャージの下は既に、汗でかなり濡れていた。窓から差し込む日光を直接浴びてしまえば、もう完全に夏だった。

 いけない、と頭を振る。きっと暑い場所にいたせいだ。不安も、彼女のことばかり考えてしまうのも──。

 感傷に浸っていると、チャイムの音が耳を貫く。そろそろ授業の支度をしなくてはいけない。サボっている生徒探しを諦めて慌てて職員室へと戻っていった。


「ふぅ……」

 職員室に戻り、自分の席に体を沈めると、クーラーの冷気が体に染み渡る。一瞬で汗が冷えてくる。

「大丈夫ですか? 飯田先生」

 隣の席にいた先輩の教員が心配そうに言いながら水の入った紙コップを差し出す。ウォーターサーバーから汲んできたのだろう。ありがたく、いただくことにした。

「すみません。ありがとうございます」

「ここの所、急に暑くなってきましたからね。保健室の先生もしばらく不在ですし……気をつけないと」

 その言葉に、保健室の先生が昨日から不在であることを思い出す。自宅で階段を踏み外して骨折してしまい、しばらく入院するらしい。

「そういえば、臨時で来られる養護教諭の方が早速見つかったそうですよ。さっき通達があって、えーと、名前は……」

 先輩は自分の机の上を探し始め、やがて数枚のプリントを見つけて差し出す。

 手にとって見ると、臨時の赴任が決定したという通知と見覚えのある名前が、目に飛び込んできた。

 一瞬、息が詰まる。紙コップを落としそうになる。

「……!」

「覚えてますか? 昔、教育実習生としてウチに来てた子ですよ。懐かしいですねえ」

 その一言で、同姓同名の可能性がなくなった。それに何より、顔写真付きの履歴書だ。

 忘れるわけがない。記憶の中の姿よりも、大人びてはいたが、間違えようがない。俺が昔、告白に応えられなかった……彼女の姿がそこにあった。

「……ああ! 懐かしいですね」

 辛うじてそう言葉を返しながら、これ以上動揺を出さないように努める。

 ──彼女が、もう一度この学校に来る。

 だけど、俺は……彼女に再会して、どうするって言うんだ?

 実習生でなくなっても、教員同士という立場がある。彼女の気持ちだって、この四年間で変わっていないはずがない。

 でも……彼女に会えば、きっとこの後悔は晴れる。気持ちに区切りをつけることができるはずだ。

 四年間で、何が変わって、何が変わっていないのか。自分の気持ちがどこにあるのか──きっと、会えばわかるはずだ。

 不安と期待が混ざり合う頭の中で、再会したときに言う言葉をひたすら考えながら、俺は一度冷えた身体がふたたび熱を帯びていくのを感じていた。

兄貴になった日 / 大林将樹

矢印

 ──アイツと初めて会った日のことを、覚えている。

 秋、十月。俺の義妹になったその女の子は、セーラー服を着て、静かに座っていた。

 親父が紹介した新しい母親の隣で、背筋を伸ばして、礼儀正しく。輪郭や佇まいが、母親によく似ていると思った。

 (これからコイツが、俺の妹、か)

 親父が再婚すると聞いたとき、俺は反対も賛成もしなかった。

 小学生の頃にオフクロが家を出て行ってから、俺はもう高校生で、とっくに反抗期も過ぎていたから。

 やがて親父が母を連れて席を外し、部屋には俺とその子だけになった。

 二人きりになって、さっきより緊張しているのが伝わってくる。無理もない。山を背にした大林の家は、ここら一帯で一番大きい家で、目の鋭い爺さんや婆さんもいて……。一番歳の近い俺が、声をかけてやらないと。

「なあ。こんなとこまで連れてこられて、大変だったな」

「いえ……」

「みさき町はさ、いいところだ。都会に比べれば何もないかもしれないけど……山とか川とか、自然のまま残ってる。空気も綺麗だし、鹿肉も山菜もうまいし」

「……そう、なんですね」

 俺は自然と、自分の好きなものの話をしていた。大林家の影響力に擦り寄ってくる連中と関わるより、山の中で過ごす時間が好きだった。

 爺さんや親父が俺に教えてくれた、自然の厳しさや冷たさが、何より心地よかった。

「ああ、きっと気に入ると思う。だから──」

 その時、俺は気づいた。彼女の膝の上で握られていた手が、小さく震えていることに。

 その震えは、緊張なんかじゃなかった。彼女はこれから知らない町、知らない家で、知らない人と共に暮らしていかなければいけない。自分自身が望んだ生活ではなく、親の都合で。その不安が、どれほどのものか。

 俺にはわからないことだった。だけど、わかってやりたいと思った。

「あの、さ……敬語、やめようぜ。俺たち、兄妹なんだからさ」

「あ……うん」

 提案を受け入れてくれたけど、まだ声は硬い。その寄る辺なさに、俺は心動かされていた。目の前の女の子を笑顔にしたいと、無性に感じていた。

「大丈夫だ」

「……え?」

「後でこの町を案内してやるよ。だからさ、そんな顔すんなって」

 とにかく安心してほしいと思った。だから精一杯の笑顔で、俺は握り拳を前に出した。

「俺と一緒に居たら、なんも心配ないから。な?」

「……っ」

 ほら、ほら、と拳を差し出す。硬かった空気を少しでも柔らかくするために。怯えていた妹が、おずおずと拳を出し、俺の拳に合わせる。

「……ふふっ。ありがとう、お兄ちゃん」

 その時の笑顔を、俺はずっと覚えている。緊張が解けて、やっと安心した表情を。この笑顔を、俺が守っていこうと思った時のことを。

「おう、よろしくな」

 今度はおれが気恥ずかしくなって、その時はそう返すので精一杯だった。

 きっとこの時はじめて、俺は『兄貴』になったんだ。


 月日が経ち、学校を卒業して、俺は一足先に親父の会社に、大林建設に入社した。

 アイツがしおらしかったのは最初だけで、今ではすっかり生意気になった。

 何かと口を出す俺にウザいと言うこともあったけど、俺は俺なりにアイツに悪い虫が寄り付かないように守ってきた。

 春、四月。学校を卒業した俺の妹が、大林建設に入社してきた。

 新入社員として紹介されている、事務服姿の俺の妹。どこに出しても恥ずかしくない立派な姿に、目頭が熱くなる。

 感慨深くなっていた俺に、後輩の男性社員が小声で話しかけてくる。

「将樹さん、あの子が妹さんなんですよね」

「……ああ。自慢の妹だ」

「へえ、綺麗なコですね」

 何の気もない、雑談としての一言だったろう。だけど、その言葉の裏の邪さを俺は見逃さない。

「……あ?」

「い、いや冗談ですよ……怖い顔しないで下さいって」

 アイツがいる以上、俺の役割は同じだ。アイツに近づいてくる悪い虫を遠ざける──今までと同じように。

「ちょっと、お兄ちゃん」

 全体への挨拶を切り上げたアイツが近寄ってきて、怒気を滾らせた俺をたしなめる。これも今までと同じだ。

「おう、お疲れ」

「止めてよ、会社ではそういうの……もう大人なんだから」

 いやしかしだな、といつものように否定しようと顔を向けて、そこで言葉が詰まる。

 近くで見たアイツの姿は、今までよりも、家にいるときよりも、なんだか……

「……っ」

「何、変な顔して……」

「い、いや……」

 そこで俺はやっと気づいた。目の前にいる妹が、女性として成長していることに。

 学校よりも、家よりも、ずっと魅力的に映っていることに。

「それじゃ、これからよろしくお願いします」

 そう言って、妹は姿勢良く頭を下げた。その他人行儀さが、俺にとっての最後の引き金だった。

 俺は妹のことを、一人の女性として見てしまっていた。

「あ、ああ……俺に任せとけって!」

「ちょっと、そうじゃないでしょ! もう……」

 俺はできるだけ明るく、笑い飛ばすしかなかった。今まで通り、兄貴として振る舞っていく。

 何があっても、俺がこいつの側で、ずっと守る。

 この関係が変わらないことを、願っていた。

 なのに。


「そういえば妹さん、会社辞めたんですね。知らなかったなぁ」

「………………は?」

 後輩社員の口から突然飛び出してきたとんでもない台詞に、思わず目を丸くする。

「…………誰が、辞めたって?」

「え? だから将樹さんの妹さんですよ。さっき事務の人に聞きましたよ、先週退職したって。今週から有給──」

 言葉の途中で既に、俺は走り出していた。後輩社員が入ってきたオフィスの入り口を抜け、階段を降り、

 外へと一直線に。

 新しい母さんは結局、爺さんや婆さんとソリが合わなくて、離婚して家を出ていくことになってしまった。アイツも一緒に家を出て、今は海の町のマンションから会社に通っている。

 一緒の家で過ごす時間が減ったのは、とても寂しかった。今も土日には家に押しかけたり、車でどこかに連れ出したりはしている。だけど今までに比べたら全然足りないんだ。

 平日、会社でアイツの顔を見ながら過ごせることが、俺にとってどれだけ安心できることだったか。

 外へ飛び出して、走りながら、うまく言葉にならない感情が、頭の中を駆け巡る。なんでアイツが、会社を……相談、仕事、親父は…… 

 駐車場にある会社の軽トラへとたどり着いたところで、ようやく一つにまとまった感情が、口をついて出た。

「どうしてだ……俺から、離れるなんて……!」

 運転席に乗り込み、エンジンをかける。どんな話をするにせよ、まず会ってからじゃないと始まらない。

 今は一刻も早く、あいつの顔を見て、声を聞いて安心したい。

 兄貴として、アイツの笑顔を守ると決めた日のことを、俺はずっと覚えているから。

 俺はシフトレバーを操作し、アクセルを踏み込んだ──

前を向きたくて / 美咲亮平

矢印

「──ごめん」

 目の前にいる制服の女の子に、頭を下げて謝った。

 付き合ってほしいという告白を、理由も言わず断った俺のことを涙目で見つめてから……走り去って行く。

 その直後、離れた場所にいたクラスメイトが集まってきた。

「もったいねーことするなー」

「ホントだよ、可愛かったじゃん?」

 正直、顔はよく見ていない。近くの女子校生徒が、工業高校へ通う俺に勇気を出して告白してくれた。それはありがたいことだが……やっぱり、そう簡単に付き合うなんてことはできなかった。

「そんな可愛かった?」

 誤魔化すように呟くと、さらに友人たちから囃し立てられる。

 時々こうして、一目惚れしたのなんだのと声を掛けられるものの、いずれもなかなか乗り気になれなかった。もちろん、女の子に興味がないわけでも、付き合ったことがないわけでもない。

 でも、人と深く関わるのはあまり得意じゃない。それに、どうしようもないしがらみもあった。それは、うちの家と、大地主の権力者大林一族との確執にある。大林と少しでも関わりのある人間とは結局、付き合っていくことはできないのだ。

「あー、オレも彼女ほしー!」

「なあ、ポテト食いたくね?」

 友人たちと、いつものようになんてことのない会話をしながら歩き出す。

 やっぱり、みさき町から離れた高校に通って良かった。ここでは家のことを気にして人間関係を築く必要もないし、好きに過ごせる。

 それなのにどうしてだろう……。俺の中にはやっぱり、目に見えないストッパーがあった。


 あれから何年経っても、結局同じように生きている。

 大切な家族がみんな亡くなってしまい、面倒な因縁は薄れてきたというのに、それでも俺はどこか他人に踏み込めずにいた。

(家のせいにして、本当は逃げてたのかもなあ……。人と向き合うってことから)

 両親の三回忌の最中、お坊さんの読経を聞きながらそんなことを考えてしまった。

 じいちゃんもばあちゃんも両親も、ひとりっ子の俺を可愛がってくれた。今頃天国から俺のことを見てなんて思ってるだろうか。

「……亮平さん、大丈夫ですか?」

 滞りなく法事が終わりお礼を言うと、お坊さんが声を掛けてくれた。その優しい心遣いが胸に沁みる。

 そうだ。町の人間も、俺のやっている修理屋に来てくれる客も、みんな優しい。気遣ってくれる。それなのに俺は……。

「大丈夫です。悲しいのは、乗り越えました」

「しんどいこともあると思いますが、もっと人を頼っていいんですからね」

「……ありがとうございます」

 その言葉に、本心から礼を返した。

(そうだよな。やっぱりこのままじゃ……)

 改めてそう思いながら、お寺まで乗ってきたバイクへと跨る。

 昔っからあった燻りに向き合ったのは、三回忌というきっかけがあったおかげかもしれない。頭をスッキリさせようと、少し走ってから帰ることにした。


「──いらっしゃいませ!」

 アンティーク調の扉を開けると、エプロン姿の店員が、元気な声と明るい笑顔で出迎えてくれた。

 山林を三十分ほど走り、休憩のために並木通りに出た所で目についた、小さな洋館のような喫茶店。ジャズの流れる落ち着いた雰囲気の店内には、数人のお客さんが談笑している姿が見える。

 俺は人差し指を立てて人数を伝えると、店の奥のテーブル席へと案内された。手渡されたメニューを開くと、一ページ目から豆の銘柄がズラリと並んでいる。

「へえ……」

 品揃えからコーヒーへのこだわりが垣間見える、嬉しい誤算。観光客で賑わう並木通りのお店なので、ラインナップにはあまり期待していなかったのだが。

「今日はですね、キリマンジャロのいいのが入ってるみたいです。と言っても、私はまだまだあまり詳しくないので、マスターの受け売りです! でも味が抜群なのは保証しますよ」

 俺の様子を見てか、女の子の店員さんが、明るく説明してくれた。

「あと、そのコーヒーに合わせるならチョコレートケーキが最高です。あ、これは受け売りじゃなくて、実際に試してみてほんっとうに美味しかったのでオススメです!」

「……チョコレートケーキか」

「あっ、すみません! べらべら喋っちゃって……」

 面白い返事ひとつできない俺に向けて、恥ずかしそうにはにかむ店員さんを見ていると、なんだか心が暖かくなるのを感じる。

「……いえ、本当に美味いんだろうなって想像できたんで、ありがたいです」

「それはもう! 何度も試したので自信あります!」

「何度も?」

 胸を張って言う姿が面白くて可愛らしくて、思わずくすりと笑ってしまった。

「あ……すみません。またおしゃべりが過ぎてしまって……!」

「いや、俺こそ、笑ってしまって失礼しました」

 ここで、もっと気の利いた会話でもできればいいのだろうが、長年の口下手がちょっとやそっとで解消できるはずもない。

 だが不思議なことに、彼女とは初対面だというのに、少しも身構えない自分がいた。

「じゃあ……その、キリマンジャロとチョコレートケーキ、お願いします」

「……はいっ! ありがとうございます!」

 オーダーを伝票に書き留めて、店員さんはパタパタと小走りでカウンターへと戻っていく。その歩みが途中で止まり、こちらを振り返った。

「あっ、ミルクとお砂糖は、ない方が──」

「うん。なしで大丈夫です」

「……はいっ!」

 俺の返答に、底抜けに明るい……俺には眩しすぎるくらいの笑顔の花が咲いた。

 そうして届いたコーヒーセットは──

「……!」

 想像していた以上に、美味しかった。コーヒーもケーキも、彼女の説明通り、もしかしたらそれ以上に。

 自然と頬が緩むのを感じつつ、ふと顔を上げると彼女と目が合った。カウンターの向こうから、安心した満面の笑みを浮かべている。

 なんだか照れくさくて、思わず目を逸らしてしまう。美味しいという気持ちが、顔に出過ぎていたかもしれない。

 でも美味しいコーヒーに、明るい店員さんの笑顔。俺は既に、この店をとても気に入っていた。気持ちを確かめるように、コーヒーを改めて口に運ぶ。

 今日、ここへ来て良かった。

 彼女と出会えて、良かった。

 気持ちを変えればきっと状況は変わる。動き出せばきっと、たくさんのものが回り出す。

 またこんな気持ちになりたいときには、前を向きたいときには、ここへ来よう。

 心地のよい場所。美味しい珈琲。目映い笑顔。そして……うん、そうだな。彼女のまとう雰囲気が、俺は気に入ったんだ。

 喫茶店に差し込む明るく柔らかな日差しのように、俺の心にひっそりと明るいものが照らすのを感じていた――。

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