恋の催眠騒ぎ第22話「初々しき味を求めて」

第22話 初々しき味を求めて

おや? どうやら甘味屋のオーナーが、

うら若き頃に師事していた師匠に呼び出されたようですね。

少し様子を伺ってみましょうか。

師匠・通常

紫龍、私は遠い国へと嫁ぐことになりました

オーナー・?

師匠、今なんと……!? 久しぶりに呼び出して頂けたと思えば、いきなり何をおっしゃるのです

師匠・悲しい

……。私が嫁ぐ事実はもう何人たりとも変えることは出来ません

オーナー・基本

私が貴方をずっとお慕いしていたことはご存知のはず。それを事後報告とは

師匠・通常

そこでです、紫龍。実は嫁ぐ前一つだけやり残したことがあり、そのためにお前を呼び出しました

オーナー・ニヤリ

(さすが師匠……私の話を難無くスルーしましたね)

師匠・悲しい

和菓子が食べたい

オーナー・?

は? ではお作りになられてはいかがでしょう?

師匠・通常

遠い国へと赴く前に、お前が若きし頃に作った、あの味を今一度食したい。あの初々しい春の香りを交えた味を

オーナー・基本

事情はよく呑み込めませんが、師匠が望むのであれば、お安い御用

シュババババッ

師匠・きょとん

まぁ、すごいわ、紫龍。光をも超える速度での餡の練り出し、見事です

オーナー・笑顔

ふふ、貴方が望むのであれば、餡で五重塔でも錦帯橋でも、何でもお作り致しましょう

オーナー・ニヤリ

貴方の美しい、布ひとつ身に纏わぬ白い肌も。餡を練ったぼかしの技術を用いれば、上気した頬さえも作り出……

師匠・びっくり

結構です!

オーナー・笑顔

相変わらずつれませんね、師匠

師匠・通常

今の私とお前は、あくまで師匠と弟子。それにそれは既に和菓子では無く、ただの見世物ではないでしょうか

オーナー・基本

……それもそうですね。それはそれとして、ささ、師匠それでは秋の新作和菓子。季節の香りを、いざ貴方のお口へ……はい、あーん

ぱくっ もぐもぐ……

オーナー・笑顔

久しぶりに召し上がる私の味はどうですか?

師匠・悲しい

ちがう

オーナー・?

はい……?

師匠・通常

紫龍、これ違います。これは私の食べたかった味ではありません

オーナー・基本

ではこちらは?

シュババッ

師匠・にっこり

まぁ、先ほどより更に0.2秒も早い! 見事です、紫龍

オーナー・基本

さ、私の十八番を秋風にアレンジした栗きんつばです

もぐもぐ

師匠・悲しい

……うーん。これも違う

オーナー・基本

では次、これはどうです!?

師匠・通常

なんか見た目が違う

オーナー・基本

はい、次っ!

師匠・通常

鹿の子は好きですが、気分じゃありません

オーナー・基本

ではこれは!?

師匠・悲しい

どちらかと言うと秋の練切なら銀杏の黄色より、紅葉の茜色の方が……

オーナー・笑顔

せめて食べてから感想を下さい、師匠!

師匠・にっこり

あら、ふふっ。ごめんなさいね、紫龍

次々と和菓子を作り出す甘味屋のオーナーと、

それを召し上がる師匠。

空っぽのお皿ばかりが

うず高く積み上がって行くようですが……?

オーナー・基本

ぜぇはぁ……。既に二十以上の上生菓子を軽く召し上がっていらっしゃると言うのに

師匠・にっこり

どれも、美味しゅうございましたよ。ふふふ

オーナー・基本

では師匠……宜しかったのですか?

師匠・怒り

いえ、ダメです

オーナー・基本

がっくり

オーナー・基本

(何てことでしょう。このままでは、私の師匠が別の男に嫁ぐ前に、大変なふっくらふくよかさんになってしまう)

オーナー・ニヤリ

(は! もしやそれで縁談が流れれば……、ああ、いけない! 一瞬とは言え、私は何て罪深いことをっ!)

師匠・通常

確かに、舌先にほのかに残るこの余韻。洗練された味は、私がお前に教えたもの……。しかし私はあくまで、まだ初々しかった頃に、お前が作ってくれたあの味が食べたい

オーナー・笑顔

むちゃぶりです、師匠

師匠・悲しい

せめて、嫁ぐ前にもう一度と望みましたが、所詮は儚き願いでしたか。叶わぬまま外国へ……しくしく

オーナー・基本

あぁ、どうか悲しい顔をなされないで下さい

師匠・通常

材料のせい、ということは有りませんね?

オーナー・笑顔

勿論です。貴方に召し上がって頂くために、北は北海道、南は沖縄まで奔走して集めまわった食材です

オーナー・ニヤリ

(正確には私の弟子が、ですが)

師匠・通常

では、あの初々しいような思い出の味とは何だったのでしょう?

オーナー・基本

私が未熟だった故の、若気の至りでしょうか。
……しかし私も、師事した手前、わざとミスをしてまで初々しい味を再現するなど、プライドと貴方を慕うこの心が許しません

師匠・怒り

そんなことをしては、めっ! ですのよ、紫龍

オーナー・?

(きゅーん! 師匠……相変わらず可愛らしい)

オーナー・基本

しかし、大切な師匠の最後の願い、放って置く訳にはいきません。初々しい味の秘密、探ってみなければなりませんね

師匠・にっこり

ならば、ここは和菓子に拘らず、新しい物に挑戦してみるのはどうでしょう? ふふ、そしてその試作を私が試食すると

オーナー・基本

さすがは師匠。では国外で様々なお菓子を学び、初々しい味を師匠にお届けしましょう

師匠・通常

えぇ、私、せっかくなら紫龍の作った色々なお菓子を食べてみたい

オーナー・笑顔

では共に参りましょう

師匠・きょとん

あら、どちらに?

オーナー・基本

私の馴染み客が休暇で近くの国に滞在しているとか。
あまり気は進みませんが、何かのきっかけにはなるやもしれません。行ってみましょう

おやおや、嫁入り前の師匠を連れて諸国漫遊ですか?

いえ……二人の関係にこの問いは愚問でしたね。

はてさて、甘味屋の馴染み客とは……?

それでは次回

「アンジールVS大納言!? 神速の洋菓子対決」

お楽しみに!