第３６話 やらない修繕、できない修繕
営業マンの見事な修繕の腕を披露してもらった一行。
再び骨董品店の中を見学していますが、
お嬢様はなにやらたくらんでいる顔をしていますよ？
これ、学生のころ教科書に載ってたのを覚えてます。初めて見たときはおどろきました
その壺のとなりにある皿は？
いまいち売れなかった陶芸家の作品で、イチキュッパです
世界的に貴重な壺のとなりにイチキュッパ……本当にカオスな空間ですね
骨董品って、素人にはよく分かりませんからね
しかし、皿の模様はキレイですね。夏の新作和菓子を飾るのにちょうどいいかも
……骨董屋よ。ちょっと、その壺をわらわに貸してはくれんか？
手にとるのは構いませんが、落とさないでくださいね
お嬢様、少し大きい壺ですから、お気をつけ下さいね（ハラハラ
大丈夫、大丈夫。いや、父上が好きそうだと思ってな
確かに、旦那様も骨董がお好きですからね
旦那様にお土産を、なんて、なんと心優しいお嬢様……！
あーっ！ 手が滑ったー！
ガシャーン！
あーっ！
壺が……
粉々に……
だから言ったのに
すまんすまん。思ったより重かった
（じーっ……）
（じーっ……）
（じーっ……）
な、なんじゃ、その疑うような目は
お嬢様、今、わざと手を……
ひ、人聞きの悪いことを言うでない！ いくら修繕がもう一回見たくても、わざと壊すようなことは……
言っておきますけど、これは修繕できませんよ
えっ？ できないのか？
当たり前でしょう。甘味屋さんが持ってきた、半分になった皿も直せないのに、粉々になった壺が直せるわけがない
そもそも、陶磁器は直すのが難しいんです。私みたいな素人では、せめて小さく欠けたのが精一杯ですよ
……壺を修繕するのがそんなに難しいとは思わなんだ
お嬢様、やっぱりわざと……
違う違う！ 本当に手が滑っただけじゃ！
とにかく、破片でケガするといけないから、片付けましょう
おーい、すごい音がしたけど大丈夫かー？
あ、店主が戻られたようですね。ご主人、お客様がいらっしゃってます
やれやれ、これでやっと荷物を処分してもらえる
さ、行きましょうお嬢様。壺のことを謝らないと
うぅーむ、あんなに見事に砕け散るとはのぅ……
ぞろぞろ……
……すみません、いろいろとさわがしくて
うふふ。たまには、ここも忙しいことがあるんですね
今日はもうこんな時間ですし、あなたも明日の仕事があるでしょう
今日はすみません。本を修繕する時間を取れなくて……
いえ、いいんです。本を修繕しようと思って来ましたけど、今日はにぎやかで、楽しかったから
いろんな辛いこと、忘れちゃいました。だから、今日は大丈夫です。本を修繕しなくても
……そうですか。なら、本の修繕はまたの機会にしましょう
君を手に入れる機会も先延ばしですが、それもいいかもしれません
営業マンとＯＬも楽しい時間を過ごせたようですね。
一方、不穏な空気が漂うのはお店の裏。ちょっと覗いてみましょう。
お嬢様。先ほど割った壺ですが……
なっ！？ なんじゃ、この値段は！ ゼロが５つばかり多くないか？
あの壺、本当に歴史的価値のあるものだったそうで……
いくら貴族でも、わらわのおこづかいでは払いきれん
そもそも、お嬢様は甘味屋へのきんつば代でおこづかいを３ヶ月前借りされています
旦那様に報告するしかありませんね
そ、それでは怒られるではないか！ 執事、なんとかせい！
使用人の安月給では無理でございます
い、いやじゃ！ 怒られるのはいやじゃー！
お嬢様のほうは、楽しんだ代償が高くついてしまったようです。
それでは、今回の催眠騒ぎはこれにて閉幕です。
またの機会にお会いしましょう。
ここは最初に案内しましたね。古代中国の王様が、当時もっとも腕のいい芸術家に作らせた壺です