恋の催眠騒ぎ第35話「修繕作業」

いや、そう悲観せずともよいのではないか？

しかしお嬢様。このイス、なかなかのお値段でございますよ

これは……イスにしてはゼロが二つほど多いのでは？

すみません！　すみません！　必ず弁償しますから

おい骨董屋。おぬし、このイスを修繕せい

このイスを、ですか？

そうじゃ。売り物のイスなら、誰の個人的なものでもない

確かに、これだけキレイに折れていれば、案外直るかも……

これ、直るんですか？

分かりました。やってみましょう

なら、わらわは修繕を見ておってもよいな？

あなたが言った通り、これは売り物で誰のものでもありませんから、問題ないでしょう

では、道具を取ってきます

私も手伝います。見よう見まねですけど、少しはやり方覚えましたから

わらわ達は、その手腕をじっくり見せてもらうとしよう

骨董の修繕を見る、というのは、意外と珍しい体験かもしれません。私も楽しみになってきました

では、骨董屋が道具を持ってくる間、甘味屋は店までひとっ走り戻って、水ようかんを持って参れ

えっ。店からですか？

そうじゃ。甘味を頂きながら修繕を見物するぞ

それに、お前が折ったイスの足を、骨董屋は弁償せいと言わなんだ。礼に和菓子くらい差し入れしてもバチは当たらんぞ

それを言われると弱いですね……しかたがない。ひとっ走りしましょう

お待たせしました。これが新作和菓子です

遅いのう甘味屋。もう修繕は始まってしもうたぞ

わ、わざわざ店まで帰ったのに、遅い……

そこ、押さえておいてください

こっち、ネジみたいなのが付いてますけど……

それは無視していいです

洗練された手つきですね

もう、どこから折れておったのか分からなくなってしまったのう

もう一つ小さいハンマーでいいです。ちょっと釘を打つだけですから

じゃあ、コレですね

紙ヤスリの準備をお願いします

ふう。ま、こんなものでしょうか

直った……直りましたね！

見事じゃ！　恐れ入ったぞ

直ってよかった。私も弁償するには苦しい値段でしたから

おぬし、アルバイトだとか言っておいて、実はプロの修繕屋などではないのか？

いえ、ただ手先が器用なだけですよ。あとは慣れです

私も、少しは役に立ったでしょうか……？

ええ。とても助かりました。家具系の大きなものは、やはり一人だと作業しづらいですから

お疲れ様でした。ささ、きんつばをどうぞ

ありがとう、ございます

今回は直ったからよかったですけど、気を付けて下さいね。本来なら、破損は買い取ってもらう決まりですから

もちろん気を付けます。あの値段のイスは手が出ませんから

私も、気を付けます……

そういえば、イスを修繕しておったら、こんな時間じゃ。まだ店主は戻らんのか

言われてみれば、そろそろ戻るころですね。では、また僕が店を案内しますから、それで時間をつぶしましょう

本の修繕はそれから。で、いいですね？

はい。大丈夫です

それでは皆さん、お店の中へ。売り物を壊さないようにしてくださいね

にしても、あの修繕の手際は見事じゃった。骨董なら、なんでもああいう風に修繕ができるのか？

壊れ方によります。あのイスも、運良く修繕できましたけど、本当なら傷を隠すのが精一杯ですよ

では、私は本当に運がよかったわけですね

あれを買い取ることになっていれば、少しはナンパぐせも収まったかもしれませんけどね

でも、そんなことになったら、私が罪悪感で耐えられないかも……

うーん、もう一度くらい修繕作業が見たいのぅ。売り物に、うまいこと傷は入っておらんものか

お嬢様、なんと不吉なことを……

骨董品は基本的に古いものですから、傷はいくらでもあります。それが骨董品のいいところですから、よっぽどでないと修繕はしませんね

少し傷ついているくらいの方が、なんでも美しいものです

しかし、それでは修繕を見せてもらえないではないか。つまらんのう

お嬢様。いちおう、いちおう言っておきますが、壊した売り物は買わないといけませんからね

分かっておる。壊したら、な

あぁ……不吉な予感が致します……