第1話 わらわに催眠をかけてみろ!
カラン コロン カラン……
はい。お嬢様のおやつ、朝、昼、夜それぞれ三十個、一ヶ月ぶんですね。確認しましたよ、毎度どうも。
ありがとうございました。来月もよろしくお願いします。
おい、甘味屋!!
……ん? ああ、これはこれは、お嬢様。ご機嫌はいかがですか? 本日もお城に伺うのに大変難儀いたしましたよ。こちらの霧はいつも深く、私の自家用ジェットが――
んなこたどーでもいい! 貴様、わらわの城に悪さでもしに参ったのではなかろうな!?
??? なぜそんなことをおっしゃるのです?
私はいつものようにお嬢様の大好きな、甘くてとろけるきんつばをお持ちしただけですよ。
とぼけるでない! 貴様の噂、知らないでか!
おのれ、手前の甘味処にうら若き乙女を引きずり込み、いっいかがわしい施術をしているというではないか!?
ふむ……。
ときにお嬢様。これが何に見えますか?
知らぬ。わらわにはフィンガーボールに見えるが、今の話と何か関係あるのか?
これは、懇意にしている焼き物屋がくれた物で、茶道で用いる茶器なのですが……。
何、試作品といって、大量にもらってしまいましてね。先ほどこちらの庭師の方にひとつ差し上げたんです。すると、窓辺に飾るのにちょうどいい大きさの植木鉢だと言われました。
……。
この厨房では、昨日、割ってしまったメイドのマグカップのかわりに使うそうですよ。
だから、わらわは――!
私の甘味処に訪れる女性は、私にさまざまなものを求めていらっしゃいます。
癒しを、心地よい眠りを、快楽を。
確かにそれぞれ異なっていますが……、等しい方法で、そして正当な手段で彼女たちの心を満たすのならば、私や他者の解釈は必要ないとお思いになりませんか?
むっ。
私は、女性にサービスするのが好きなんです。ことにお嬢様のような美しい女性は――
……いいことを言っているとは思うが、何故にじり寄ってくるのか……。
お怒りを冷まそうかと。せっかくの可愛いお顔が、台無しですよ。私が、この手で貴女を――
こ、この期に及んで! きっ貴様は、いつもわらわをバカにするばかりじゃ!
心外ですね。ですから、私は全ての女性に対して平等に敬意と愛情を……
うるさい、うるさいっ! これ以上甘言でわらわをたばかるならば……ならば……。
ならばどうします。
お嬢様! またそのような場所に!
執事!
午前中の歴史学がまだ終わっていないではありませんか。さっ、早く執務室に戻りましょう!
いやじゃ。
嫌では済まされません! お嬢様がひとりでお部屋を出られて、万一お怪我でもされたらと思うと、私の心臓はもう張り裂けそうで……。
……。
か、甘味屋! いつからそこに……!
……あなたがいらっしゃる前からいましたが。その目は節穴でしょうか。
まあ、可愛い可愛いお嬢様しか目に入らないのですから、私が視界にないのも仕方ありませんけど!
……ッ! お嬢様。このような輩とお話されてはいけません。
さあ、参りましょう。私が抱いてお部屋にお連れします。
どうせなら、私が抱いてさしあげましょう。お嬢様。
なっ……!
ええい! うるさいわ、二人とも!
わらわは誰の指図も受けん! 執事! さっさとこの無礼者を城から追い出さんか!
そして、二度とこの城の敷居をまたがせるではないぞ!
出来れば私もそうさせていただきたいのですが、しかしお嬢様。
なんじゃ。
お嬢様の日に三度のおやつはこの甘味屋のものしか受け付けないじゃあありませんか……。よよよ……。
そうだっけ?
それは光栄です。いかがでごさいますか、私の媚薬入りの甘味は。
???
な、何をっ!?? 私のお嬢様になんてことを……。
お嬢様! 全部吐き出してください! 今すぐに!
……今日はまだ、食べておらん。
では、昨日の分も。一昨日の分も。全てでございます!
冗談ですよ。冗談。
……。
さて、楽しませていただきましたし、店に戻るとしましょうか。
待たぬか! わらわは納得しておらぬ。またよからぬ事をしたあかつきには……には……
(よからぬ事とは何なのだろう……もし、聞いてしまってこやつに私のお嬢様が汚されていたら、私は……私は……!)
では、私を牢にでも繋ぎますか。それも一興……。
そんなことはせぬ!
ほう。
そなたの催眠が本当に安全なら、そなたの言葉を信じんでもなかろ。
だから――だから、じゃぞ。
だから、わっ、わらわにも催眠をかけてみろ!
な、何ですと――ッ!?
おやおや。
お姫様はとんでもない事を言い出してしまったようですね。
このはた迷惑な物語は、一体どうなりますやら。
次週は、第二話「催眠合戦」。
来週も見逃せません!
以上でよろしいでしょうか?