蜂とヒトというパラダイムの転換~藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」との比較

女王蜂の王房では天界を統べる蜂たちと、下界に住む「ヒト」が対比されるものとして描かれます。蜂>ヒトであり、この構図は藤子・F・不二雄の名作マンガ「ミノタウロスの皿」と似ています。今回は両者を比較してみましょう。

「女王蜂の王房 めのう編」プレイ画面 蜂とヒト(モブキャラ)が映っている

「女王蜂の王房 めのう編」蜂とヒト(モブ)

女王蜂の王房における蜂とヒト

女王蜂の王房における蜂たちとヒトは「支配―被支配」の関係ではなく「捕食―捕食」の関係にあると言えるでしょう。蜂が絶対的に強いわけではなく、場合によっては人は蜂を狩り「王蜜」を得る。蜂もヒトを食べますが、その力は絶対的なものではなく時には危険を伴います。

蜂とヒト、それぞれが全く違う価値観を持ち、お互いに相容れない存在として対立している、ヒトの知性が著しく劣るわけではないので、非常に緊迫した関係になっています。「食うか食われるかの世界」ですね。

「女王蜂の王房 めのう編」蜂とヒトは対立しており、一部のヒトは蜂に生贄を差し出している

「女王蜂の王房 めのう編」蜂とヒトは対立しており、一部のヒトは蜂に生贄を差し出している

ミノタウロスの皿は女王蜂の王房と似ている? 異なる?

そこでミノタウロスの皿です。あの国民的マンガで有名な藤子・F・不二雄ですが、SF短編集として数々の名作を世に残しています。ミノタウロスの皿もその1つ人間と動物の支配関係が変わったある星での出来事を書いています。

宇宙で遭難した主人公がたどり着いたある星では、人間とウス(牛)の関係が逆転していた奇妙なものだった――。

この星では

人間(支配者):外見は牛、歩くことや話すことができる

ウス(被支配者):外見は人間、ただし話すことでできる

それだけなら奇妙な価値観じゃないかと思うかもしれませんが、この星では人間(外見が牛)がウス(外見が人間)を食べるのです。完全にウスは我々の世界での牛や動物と同じ扱いで、愛玩用、労働用、そして食用に区別されます。ウスは言葉を話せる知性があるのにこの運命を疑いなく受け入れています。

主人公は「それはおかしい!」と一人奔走しますが、この世界での常識は全く異なるもので最終的に、好意を寄せていたウス(外見は女の子)が食べられてしまいます。まさに、パラダイムの転換で「そういうことになっている」と受け入れるしかありません。

人間と動物の支配関係が変わってしまっている。これは女王蜂の王房と似ていますが、明確に逆転しているかいないかで差がありそうですね。

外見が同じものが食べ合う――女王蜂の王房の衝撃

女王蜂の王房ではメインキャラクター(蜂)たちの外見は人間です。その蜂たちがヒトを食べるのですから、プレイヤーに与える衝撃はミノタウロスの皿よりもはるかに大きいでしょう。

怪物に食べられるのではなく、同じ外見をしている人間に食べられる。このインパクトがあるからこそ、女王蜂の王房は単なる女性向けPCゲームの域を超えたものをプレイヤーに与えるものなのだと思います。パラダイムの転換を心地良く味わう、これもまた女王蜂の王房だからこそできることなのだと思います。

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